お宿でかなしばりピンチだわ!?
かた、かたん。
――錠が上がった音ッ? え、ここの室……??
アイーズは、目をくわッと大きく開ける。……が、なぜなのか視線以外が動かない。頭も口も、手も足も。
まくらに埋めた頭を扉のほうに向けることも、できない……。
何か目に見えない力に、全身を抱きとめられているような、奇妙な感覚がする。アイーズは温かい寝床の中で、かたく緊張した。
――大丈夫……誰かが他の室と間違えて、鍵をがちゃつかせただけよ……!
きぃ。
乾いた音を立てて、扉が開いた。灯りとともに、誰かが室に入ってくる。
――え、ええええええッ!? 侵入者ぁぁッ!?
アイーズは寝台横に立てかけてある、さくら杖に手を伸ばしたかった……。しかしやはり、手も指もどこもかしこも、アイーズの身体はぴくりとも動かせない。
誰かと灯りは、アイーズの枕もとに近づいてきた。
すぐ真上から見下ろされて、それがヒヴァラだとわかる。
しかし何かがおかしい、ヒヴァラに異変が起きているのは明らかだ。
どうしたの、と聞いてヒヴァラの肘に触れてあげたいのはやまやまだった。しかし今のアイーズにはそれができない。
身体もかたまっていたが、まるでしゃべり方を忘れてしまったよう……。喉から声が、出てこなかった。
ぱさり。
両手で外套頭巾をうしろにやると、赫々と輝く短髪があらわになった。
室の中が一挙に明るくなる、……ヒヴァラは他に何も、灯りを持っていないのに。
ふさり……。
ヒヴァラはごくごく自然な動作で、アイーズの寝台に腰を下ろす。そうしてゆっくり、アイーズに顔を寄せた。
それは確かに、ヒヴァラの顔だった。けれど違う……。
燃える赫い髪に囲まれたやぎのようなほそみ顔、長いまつ毛の下のまなざしに全く別の誰かを見て、アイーズの脈はどくどくと荒ぶり始めた。恐慌の一歩てまえと言っていい。
「たしかに、かわいいやん」
ヒヴァラの声が言う。けれどそれはやはり、別人の言葉だった。
「お前を生かしただけある。まろやかふくよか、そこそこ美人。元気があって、機転がきいてー。あの丸々しとった娘が、まんま素直に育ってんなー? ぞっこんなるのも無理ないで。俺も気に入ったし」
低い声でぺらぺら早口に紡がれているのは、ティルムン語だ。
ヒヴァラに見える赫髪の男は、狡猾そうに片目だけを細めて含み笑いをした。小さく丸いはずのヒヴァラの目が、心なしか今はいびつな三白眼に見える。
そして男は、長い指で構成された大きな右手をアイーズの左頬にのせ――
「……おい」