さあっ! 明日から旅に出るわよ、ヒヴァラ!
「ヒヴァラ君のお兄さん、グシキ・ナ・ファートリ侯の配属先から、問い合わせの返信が来たんだ。彼はいま現在、ファダン高地第二分団のイヌアシュル基地にいる」
「……」
官用通信布の中にしたためられた兄の名を、ヒヴァラはじっと見つめた。
「その年で班長格なんだから、評価されとるの。アイちゃんが言ったように、お兄さんは配属先で出世して、ファダンに帰る予定がないのかもしれんね」
警邏部長の左側にいるアイーズの父が、もしゃもしゃと言い添える。
「……高地へ行って、実際に会っでみてはどうかね?」
悪人づらの警邏部長は、悪人ぽく肘を卓上において両手のひらを組み、そこに脂ぎったあごをのせた。いかにも悪人らしく、三白眼をほそめる。
「君がティルムンへさらわれた当時、お兄さんが事情を知っていたとは思えない。げんちも、叙勲されて正規騎士になったお兄さんに、お父さんは国を出る前、何かを伝えていったがもしれないよ」
ヒヴァラはゆっくり顔を上げたが、警邏部長を見るまなざしは哀しげだった。
「……会うの、こわい気がします」
「うん、それは私にもわかる。げんちも両親とおばあさんは国外に消えてしまって、唯一ファダン領内に残っている君の身内は、今この人だけだ。君があらだに個人世帯を作って、平民としての市民籍を得る前に。ひとこと自分は無事で今後はこうこうします、と伝えておいだ方が後々かどが立だないでしょう?」
「……はい……」
小さく首を縦に振って、ヒヴァラは悪人づらの善人警邏部長に同意した。
「まあ、心配ないよ! 保護すると言ったがらには、護衛をつけるしね。イヌアシュルまでの往復、はぁくれぐれも気ぃづげて行げよ? ヤンシー」
「うぇっ、俺なんすかぁ??」
アイーズとヒヴァラの後ろに立っていたヤンシーが、ぎゃふッとあごを前に突き出してうめいた。
「出張だよ、護衛出張。ヒヴァラ君の分もついでに市庁舎に話つけるから、公用馬さ乗って行きなは」
「う、うま」
アイーズの見上げる先、ヒヴァラの横顔がひくついて白くなっていく。
それがくるうり、とゆっくり回って、悲痛なるまなざしがアイーズを見下ろす。ぷぷっと笑って、アイーズはその救助要請に応えた。
「大丈夫よヒヴァラ。わたしも行くから、もちろん」
「むぅ。公用馬の三頭めは、さすがに難しいぞ? アイーズ嬢」
警邏部長は悪人づらをゆがめ、渋い顔になった。アイーズはふあんふあん、と鳶色巻き髪を揺らす。
「大丈夫なんです、警邏部長。ヒヴァラはわたしの後ろに、のっけて行きますから」
「えーと、あの、部長。私は自前の馬で行きますんで、出張あつかいにしてもらってもいいですかの」
もしゃもしゃ言ってきた隣の席のアイーズ父を、悪人づらの警邏部長は怪訝そうに見た。
「なぬ。バンダイン老侯も行ぐんかい? ヒヴァラ君の護衛は、ヤンシーひとりで十分でないのか」
「いえ、私は娘の護衛として行きますもんで」
「……ほんでは、有給とって行きなは」