見た目悪人ボス警部の提案は!?
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アイーズの父・バンダイン老侯と兄ヤンシーの職場である、ファダン巡回騎士の北町詰所。
下町の中心部にあるこの石造りの建物は、由緒ただしきぼろ事務所である。アイーズが子どもの頃から移転先を探しているらしいが、いまだに引っ越しはなされていない。
三階建てに地下階つき、限りある敷地面積を使ってめいっぱいの人員を収容できるようになってはいるが、壁に使われた石材は風化の一途で剥がれが目立つ。
ささくれ立った窓枠は、蔦に浸食されかけているのをどうにかこうにか周りだけ切り取りました、と言うのが誰の目にも明らかだ。なだらかな勾配の屋根瓦は、ところどころ色が違っている部分だけ新しいのが、むしろしょぼんとわびしげである。
ただ、外見ほどに中身はお化け屋敷ではなくて、受付口や廊下には午後の陽光も入って明るい。
「ここだ。入れや」
ヤンシーに促されて、アイーズとヒヴァラは地上階にある懇談室に入った。
間を置かずに父とナーラッハ、その上司たる警邏部長が入ってきて、卓子をはさみアイーズたちの正面席につく。
「いやー、ヒヴァラ君! たいへんな災難だったね!? まずは、はぁよぐ帰って来たよ」
でっかい声でがなり立てるように言う警邏部長、ここの詰所の最高責任者は、ヒヴァラをまっすぐ見て言った。
もよっと脂太りした体型にこわもて、両目の下がどす黒い。ぎらーんと射抜くような三白眼、みるからに悪人づらをした六十代のおじさんである。
縹色の騎士外套が実に似合わない。もし着ていなければ、目を合わせずにそっと通り過ぎたくなるような人だ。何度も会っているアイーズは慣れているが、ヒヴァラは内心びびりまくって委縮していた。
「バンダイン老侯から、おおがたの事情を聞ぎましたー。君を追っがけて来たとゆう、不審人物どものことは! 近隣集落も含めて、ファダン大市ぜんたいで注意喚起するようにうながします。ほいで君は、身分証もない! どいうことだったんだけんど~!!」
ずいいっ。警邏部長の分厚い手のひらが、小さな皮紙片をヒヴァラの前に寄せてきた。
「私の権限で、簡易版の市民証をつぐっといたから! それ持ってなさい。ファダンの領内ならどこさ行っても、それ見せれば騎士の保護を受けられるからねぇっ」
「え、えええっ!? じゃあこれ、身分証……!」
皮紙を両手に持ち、ヒヴァラは目をばちばち瞬かせている。
「あ、ありがとうございます!」
「良かったね、ヒヴァラ! 本当にありがとうございます、警邏部長」
ヒヴァラの肘をそっと叩いて、アイーズは安堵していた。
会った日に比べたら、だいぶファダン人の外見に戻りつつあるヒヴァラではある。しかしその赫毛や話し方から、誰かにからまれては……と、アイーズは危惧していたのだ。泣く子もだまる身分証、イリー市民の証があれば、どこか出先で問題に遭っても何とかなるだろう。
「部長がそれをこしらえてくれたのには、理由があってね」
卓子の向こう側、警邏部長の右脇に座っていたナーラッハが、穏やかに声をあげた。
書類ばさみを開いて、そこに挟んであった一葉の通信布をヒヴァラとアイーズの手前に差し出す。
「ヒヴァラ君のお兄さん、グシキ・ナ・ファートリ侯の配属先から、問い合わせの返信が来たんだ。彼は確かにいま現在、ファダン高地第二分団のイヌアシュル基地にいる」
「……!」