コートの謎に、悶々なやむわ!
「……何だよ、お前ぇら。二人して押し黙っちまって」
「えっ、……」
ファダン巡回騎士の目印、縹色の外套すそをひらめかして数歩先をゆくヤンシーに言われ、アイーズは顔を上げる。
「これじゃ俺が、お前ぇらしょっぴいてるように見えんだろが。別に叱られに行くわけじゃねぇんだから、深刻そうな顔すんなよ? ヒヴァラぁ」
「はーい……」
答えたヒヴァラの顔が、何だか別のことに気を取られていた。
「しょっぴく、って何でしたっけ? ヤンシーお兄さん」
ヤンシーは、かくっと首を横にかしげた。
「つかまえた悪いやつを、詰所だの牢屋だのに引っ張ってくことだ。ごるぁ」
「あー、なるほどそうだった。俺、わるいやつに見えますか? お兄さん」
「……見えねぇな。つか、でけぇのな? お前ぇよう」
隣を歩いて、初めてヒヴァラを見上げる角度に気付いた兄である。
狭い下町路地を歩く二人を前に見ながら、アイーズは豊かな胸のうちで小さなため息をついた。悶々と考え続けていることを、今はいったん脇にあずけようか、と思う。
ナカゴウのところで話を聞いて、動揺してしまった。ヒヴァラの外套に使われている生地がティルムン軍の御用達になっていると知って、……もしやヒヴァラが軍関連のなにかにとらわれていたのでは、とアイーズは想像を膨らませてしまったのである。
――さすがに、ね! それはあるわけがないわ。ついつい、物語のあらすじ的に飛躍しちゃった……。
アイーズが、いやファダンの一般人がティルムン軍について知りうる範囲は、ごくごく狭い。
西方の文明発祥地は永久中立を誓っていて、人間あいての戦争は未来永劫しないことになっている。よって、はるか東方にあるこのイリー都市国家群に対しても、ティルムンが干渉することは一切ない。
東のものが、うちうちで何をしようが。戦おうが滅びようが知ったこっちゃない、という態度を決め込んでいるのだ。
しかし、ティルムンの有する軍隊――≪理術士≫という兵士からなる軍は、戦略的にとんでもない実力を持っている、と言われている。アイレー大陸最強ともうたわれる≪理術士≫、彼らは確かに人間なのだが、人智を越える技術を駆使するという。ひとりがイリーの騎士隊・一個軍団に相当するとか、しないとか。
いくらティルムン関連の資料を読み漁っても、彼らに関する記述は見つからなかった。アイーズはこれまで特に興味を持たなかったし、ティルムンがイリーに攻めてくる可能性もないのだから、それ以上のことは全く知らないでいた。ぼやけた印象のまま、そら恐ろしいもの、知ろうとしていけない不吉なもの、という感覚でとらえていたのだ。
それが一転して、ヒヴァラにかかわるかもしれない、と思った時――。アイーズの中の自然、本能と言うべき何かが、警鐘を鳴らしたのである。
――やま羊の毛地を、ティルムン軍が独占しているってわけではないのに。すぐに軍に結び付けて考えるなんて、短絡的だったわ。もし仮に軍用装備品だったのだとしても、お母さんが言う通りめちゃくちゃ古いものなんだし……。ああ、【払い下げ】って言うのかしら? ヒヴァラを閉じ込めていた人たちがそういうのを安く買って、奴隷たちが外の作業で凍えないように着せていたのかも。うん、きっとそうね!
自分で納得のゆく説明をつくり上げて、アイーズはむりやりそれを信じ込もうと努力していた……。