元ヤン兄は率直すぎよ~!
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東町の≪中の兄≫の店を出て、またしてもいか酢にんじんを二壺買い帰る。
アイーズとヒヴァラ、母がそれと杣麦粥で昼の食事をすました後だった。台所の勝手口から、≪末の兄≫ヤンシーが入ってくる。
「ヤンシー、お昼は?」
問う母の声に、微妙な不安が入り混じる。
ヒヴァラがやってきて以来、バンダイン家の食後に残りものは存在しなくなった。しかし母としては、英雄の破滅より世界の存続より、とにかく子どもの食事が最優先事項なのだ。
「あー、もう騎士食堂で食ってきた。それよかな、ヒヴァラぁ。北町詰所の警邏部長と面談だ、一緒に来い。アイーズもな。ごるぁ」
「進展があったの? お父さんとナーラッハおじさんの調査で、ヒヴァラの家族のことが何かわかったのかしら」
縹色外套のまま食卓の腰掛に座ったヤンシーの前に、白湯のゆのみを置いてアイーズは問う。
「俺ぁ外回りに行ってたから、詳しいことは聞いてねぇ。けど、どうも高地分団……ヒヴァラの兄ちゃん関連で、午前中に連絡が入ったっぽいな。ほんで警邏部長じきじきに話すから、ヒヴァラ本人来てくれっつうこった。俺ぁ護衛役よ」
アイーズと母は、この朝に調べてわかったことをかいつまんでヤンシーに話した。末の兄は、ごきゅごきゅと頭を左右にかたむけながら聞いている。お兄さん肩こりなのだろうかとヒヴァラは内心で案じているが、これはヤンシーのくせだ。
「ふーん! ヒヴァラの父ちゃんが、波に乗ってた栗粉のティルムン輸出にからんでたかもしんねぇと? 面白ぇ発見じゃねえかよ」
ヤンシーは率直に感想を述べる。
「でもってその輸出業者がらみで、ヒヴァラの父ちゃんが悪徳人身売買業者に目を付けられちまった! っつう線も、考えられるよな!」
ど・きーッッッ!!
考えついていたものの、ヒヴァラ本人にはとても言えなかった仮説をも率直にヤンシーに言われてしまって、アイーズは内心でぎゃふんとうめいた。
しかし、元不良の兄はつらつらと続ける。
「ヒヴァラはさらわれた時、もう相当ティルムン語ができたんだろ? まったくしゃべれねぇ他のイリー人の子どもよか、よっぽど扱いやすかったんじゃねえのか。向こうにとっちゃよ」
「あ~、それはあるのかも」
ヒヴァラ本人が、どこかのんきに納得のあいづちを打っているのを見て、アイーズは少々ほっとした。
「けど、よう。よくよく変な奴らよな? さらった子どもを奴隷扱いしときながら、高級品を着せるっつうのも。普通、ぼろい服とか着せんじゃねぇの? 大事にしてるんだかしてねぇんだか、何をしたかったんだ。ごるぁ」
「いーえ、ヤンシー。ヒヴァ君はきれいに着てるからわかりにくいけどね、これ相当に古いものよ。ずいぶん昔の人のお古を、あてがわれたんではないかしら?」
卓子の上にのっている、たたまれたヒヴァラの外套を両手でモミモミしながら母が言った。たぶんナカゴウのまねだ。
「あ……ああ、ええと。そうなんです……」
ヒヴァラは少し、どもりかけて答えた。
「でも、前にどういう人が着てたのかは、わかりません」
「にしちゃあ、ずいぶん体型に合っているけどねぇ」
ふー、母はため息をついた。貫禄のこもった溜息である。
「まあ、これはたいした手掛かりにはならなかったわね……そいじゃヒヴァ君。みんなして北町詰所に行ってる間に、わたしこれ少し直すわよ」
「あ、はい」
「ここの、肩部分ねぇー。肩当てか何か入れてたのかしら、大きな穴があるし。肘の部分も革防具っぽいのを固定するひもの跡があるけど……。そういう余計なの、全部とっぱらって普通に着られる感じにするわ」
ぶつぶつ言う母(※本人は楽しんでいる)を台所に残し、ヤンシーに促されてアイーズとヒヴァラは外に出た。