まん中ナカゴウお兄ちゃん登場!
水色の空を通してあたたかい陽光の落ちる中を、アイーズとヒヴァラは急がずに歩いた。
少々ほこりっぽい石だたみの上を、様々な人びとが通り過ぎてゆく。
おじさんおばさん、しわしわじいさんに、小っちゃい子を連れたばあやさん。学校は授業真っ最中の時間だから、大きい子たちの姿はない。次々に目に入るファダン市民たちの姿を、ヒヴァラは静かなまなざしで追っていた。
こーん……。
時鐘が宮城の方から流れてくる。十と半だ。
「ヒヴァラ、こっちよ」
アイーズは南北大路から、東へそれる。
「これから、中の兄のところへ行くからね」
こくりと高いところの頭をうなづかせて、ヒヴァラはついてくる。
「衣商のお店なんて、俺はじめてなんだ。どんなところなんだろう?」
「ふかふかしたとこよ!」
「……アイーズより?」
何だそりゃー、と見上げて突っ込みかけて……アイーズは口をつぐむ。
確かにアイーズはふかふかしている。鳶色巻き髪がそうだし、かさばりぎみの丸顔頬ぺたも、身体もふかついている。加えて身につけるものの好みも、やわらかかった。
とんがって硬いのは、洞察力と翻訳の文調だけ(と、アイーズ本人は思っている)。末の兄ヤンシーの他にも、気の置けない友人知人になら、しょっちゅうねたにされていることだ。
けれど見下ろしてくるヒヴァラの視線は、決してアイーズをからかってはいなかった。
はにかんだようなやぎ顔いっぱいに、やさしさ懐かしさが満ちている。
「まあ、ね……。今さっきいたオウゼ書房の資料室みたいだけど、本のかわりに色んなふかふかが、棚にいっぱい詰まってるの。見ればわかるわよー」
「そっか! すてきなとこだ」
のしのし、ひょいひょい、二人は歩いてゆく。
・ ・ ・
「あらー、ようやく来たわ。アイちゃん、ヒヴァ君」
東町のこの界隈は、ファダン市内でも格のお高い店の集まるところだ。
おもて玄関脇や出窓の上下、ふんだんに花のあふれる植木鉢が置かれている。
そんな一画にどどんと大きく構えた毛地問屋へ、アイーズはヒヴァラを従えて入っていった。もちろん正面玄関ではなく、裏口からだ。
そこは大店のお台所、先に来ていたアイーズの母が二人を見てうなづく。
「やあ。いらっしゃい」
食卓から気軽に声をかけてきたのは、母の向かいに座ったアイーズの≪中の兄≫である。
「きみがヒヴァラ君だね。今、お母さんから話のあらましを聞いたところだよ」
「でもってヒヴァ君の謎の外套を、中の兄ちゃんに解析してもらってるとこなのよ……」
母が携えてきたふろしき包みが解かれて、ヒヴァラの古外套が卓子の上に広げられていた。アイーズは席につくなり、さっそくたずねてみる。
「ナカゴウ。そのヒヴァラの外套から、何かわかることはある?」
「まぁ、そこそこね」
どこもかしこも擦り切れやけば立ちだらけのその外套の、裏地肩口あたりを両手で揉むようにして触れながら、中の兄は言う。
「フィングラス山地の最高級やま羊。その若毛に、山羊を二割がた混ぜてあるね」
母の脇に座ったアイーズとヒヴァラは、同時に小首をかしげた。
「「やまひつじ?」」
思わず、聞き返す言葉が二重唱になる。
「うん。山羊でなくって、山にいる特別な羊でそういう種類があるんだ。ややこしい名前の由来には、俺も突っ込みたい。とにかく、希少価値の高い超優良品なんだよ」
「……そうやって手でもみもみするだけで、わかっちゃうんですか?」
「わかるよ。俺、毛地屋だもん」
アイーズの≪中の兄≫は、やわらかくヒヴァラに答えた。
ナカゴウはヤンシーと真逆、小さい頃から穏やかで人当たりがよい。計算が得意で文官騎士になる予定だったが、十代おわりにここの毛地屋のお嬢さんと恋をした。
ずいぶんな波乱万丈があったが、ナカゴウは貴族籍をぬけて毛地屋に婿入りしたのである。子どものたくさんいるファダンの末端貴族家庭では、さほど珍しいことではない。
「まぜる前の粗毛地をみたら、よくわかるかな。倉庫にあるやつ、見てみるかい? アイちゃん、ヒヴァラ君」
「見るわ~」
誰よりもはやく、母が率先して席を立った。