書店が連なる通りのカフェで休憩ね♪
・ ・ ・ ・ ・
がちゃり。
かけなおす錠の音が、入ってきた時よりも重く聞こえる。
「ヒュティさん……ありがとうございました。資料室の鍵を、お返しします」
受付長台の書房令嬢は振り向いて、あららと首をかしげる。
鍵を差し出すアイーズの丸顔がげっそり疲れて、なんだか深刻そうだったからだ。
「調べもの、はかどりまして?」
「ええ、おかげさまで……。またよろしくお願いします」
「いつでもどうぞ! ああ、それとアイーズさん。だいぶ先の話ですけど、第一校正後の原稿はいつも通り、プクシュマー郷へお送りしていいんですのよね?」
勉強熱心な翻訳士にはとことん優しい令嬢秘書にお礼を言って、アイーズとヒヴァラは≪オウゼ書房≫の外に出た。
午前なかば、≪かきもの通り≫は商品搬出入の業者やおつかい伝達役の小僧の行き来があって、けっこうな賑わいである。
「ヒヴァラ。甘いものでも、飲もうか」
高ーいところにあるヒヴァラのやぎ顔が、ひょろんと驚いた。
「えっ!? 俺まだお腹すいてないよ、大丈夫だよ?」
アイーズは見上げて、ヒヴァラに笑いかけながら言う。
「じゃなくって。わたしがそういう気分だから、付き合ってね」
≪かきもの通り≫のはずれにある小さな休み処に入って、アイーズは温かい牛乳とういきょう湯を注文した。
翻訳代行の顧客や書房の編集者と打ち合わせるために、アイーズが何度か使ったことのある店である。大きな窓から入る日光が、黒木の卓子に照りかえっていた。落ち着いた店内に客はまばらだ。同業者らしき人々が数人、卓を囲んで話し込んでいる。
「べこの乳、うまーい」
気のぬけるようなヒヴァラの感嘆、角席に座ったアイーズは実際に脱力した。
「ていうか、こんなに甘かったっけか~」
「……くず蜜をたくさん、入れてもらったんじゃないの。でも良かったね」
どっぷり甘くしてもらった香湯を自分でも口にしながら、アイーズはうっかり対峙してしまったことの大きさをかみしめている。
ヒヴァラがさらわれる数年前、対ティルムン貿易では栗粉輸出があたった。
北部穀倉地帯からイリーを通し、それまでも細々と輸出されてはいたのだが、ある時期を境にして急激に需要がふえる。そのあたりの先駆けとなった164年時、栗粉輸出に関する書類を作成していたのが、たまたまヒヴァラの父・ファートリ侯だったようだ。偶然なのかもしれないが、以降の栗粉流行の火付け役の一端を担った、ともいえるだろう。その後八年ほど大量の輸出が続いてから、栗粉流行は終焉している。
アイーズはあわせて、当時のティルムン食事情に関する情報誌もひもといてみた。すると前後の時期にティルムン大市では、麦以外の穀類ぱん食が当局によって奨励されていたこともわかったのである。
「……つまり。ヒヴァラのお父さんが書類作成を代行していたとして……。ファートリ侯は、その栗粉大流行の波にうまく乗った貿易業者を顧客にしていた、ってことになるわよね」