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ヒヴァラの記憶スキルにびっくりよ!

 

 それからしばらくの間、アイーズとヒヴァラは沈黙のうちに貿易白書を読み進めていった。


 アイーズはまず、イリー暦165年度分の布巻き本を調べていく。


 対ティルムン貿易に関しては、騎士修練校の経済の授業で大まかな傾向を教えられていた。しかし改めて詳細品目を眺めてみると、ずいぶん色々なものがイリー諸国を通じてティルムンへ運ばれているのだな、とアイーズは驚く。


 そのほとんどは、山羊や羊の毛織材料。一般に≪粗毛地あらけじ≫と呼ばれているものだった。


 食糧品はごく少ない。それもイリー原産の作物ではなく、北部穀倉地帯から運んだものを介して輸出しているだけだ。これは別に驚くことではない。イリー諸国は自分たちで食うのに精いっぱい、輸入する側なのだから。



「……どうだった?」



 166年度分もざっと読み通してから、アイーズはヒヴァラの方を向いた。


 ヒヴァラはのばした布巻き本に視線を落としたまま、何かつぶやくように唇を動かしている。アイーズに声をかけられて、ヒヴァラはゆっくり顔を上げた。



「栗粉、あったよ」



 ヒヴァラの答えに、アイーズもうなづく。



「わたしもだいぶ、見つけたわ。年四回の輸出ごとに、量が倍になっていってる。つまり人気上昇品だったってことよね」



 ヒヴァラはアイーズを、じっと見ている。その真っすぐさが、少々になって感じられるくらい。アイーズは微妙に、たじろいだ。



「俺の方は、一致・・した」


「え?」


「……見て、アイーズ。164年白月さんがつと、花月ろくがつのとこ。栗粉の総輸出量、書類にあった納品量とぴったし同じなんだ」



 きょとんとしてしまったアイーズの前に、ヒヴァラは自分の読んでいた布巻き本を寄せる。


 長細い指が、広大な書面の中をぴた・ぴたり、と次々に二か所さす。迷わない。



「164年白月さんがつの分だと、納品書には農家三か所からそれぞれ五百・七百・九百愛衡(※)あったはずなんだ。でもってこの白書には、計二千百、って書いてある。その次の回の花月ろくがつは二か所からで、千百と千三百だった。合計が二千四百、白書の合計量とやっぱり一致する」



 あまりにすらすら、淀みなく囁くヒヴァラの声に、瞬時アイーズは現実感をうしなう。



「その次金月くがつは、……納品書は五枚あって千、千百、千五百と千七百、二千。でも白書の輸出合計は八千九百愛衡……。千六百愛衡ぶん、他のところも参加してきたのかな?」



「……ヒヴァラ。きのう読んだ納品書の数字……憶えてるの?」


「うん」



 まじめなやぎ顔で、ヒヴァラはうなづいた。



「年代別に卓子の上に並べて、アイーズが読み上げたから。おぼえた」


「ふああああああ?」


「……しー! 本のいっぱいあるとこで大きな声だすの、やばいんじゃないのっ」



 がくッと我に返って、アイーズは口を四角く開けた。



「お、おぼえたって……」



 確かに昨夜、アイーズは内容をつかんだ納品書を声に出して読み上げながら、卓子の上に並べて置いていった。


 しかし……。アイーズは何度も繰り返し言ったわけではない。たった一度口にしただけだと言うのに、ヒヴァラはそれを聞いて暗記したと言うのだろうか!?



「すっごい能力じゃないのよ!? なんでどうして、ヒヴァラ昔からそんなだった!?」



 資料室内につき、囁き声でアイーズはまくしたてた。



「ううん、そういう風になったんだ……。俺ってば本当に役に立たないっぽいし、何とかしてアイーズの手伝いできないかなぁって。特にどうでもいい数値だったら、今日の夜にでも忘れようと思ってたんだけど」



「いや、いやいやいやっ。君は十分、すごいわよッ」



 慌てて、アイーズは自分の脇にあった165年・166年度分の白書を引き寄せる。



「それじゃあね、続く二年分の栗粉輸出量も……。君の記憶に、照らし合わせてみましょうッ!」



 言って見上げたヒヴァラのやぎ顔、その小さめまるい青い瞳が、じっとアイーズを見て……何やら微笑しているようだった。



「ん? なあに、どうしたの?」



 ふっとヒヴァラは視線をおとした。



「……うん。アイーズは変わってないんだなぁ、って思って」


「ええ……?」


「ほら、時々図書室で一緒に勉強してたじゃないか。よくわかんないむつかしい問題を二人で解いてて、その答えにだんだん近づいていくときのアイーズの顔が、今みたいにぺかぺか光ってたんだ。すごく楽しかった」


「あらら、そうだったのー? 自分じゃわかんないわ」



 ちょっとだけアイーズは照れた、……あぶらが浮いて、てかってるってことじゃないわよね~!?



「そうだったんだよ。ずっとおぼえてるんだ、……ほんとに騎士修練校は楽しかったなあ……」



 今度こそ本当に、やぎ顔をほころばせてヒヴァラは笑った。



――ああ……。だからさっき、ここが修練校みたいだって言ってたの? あそこの図書室に似ている、ってことなのね。



 そのたのしい思い出に、自分が含まれていると知ってアイーズの胸の奥がちょっとほころんだ。……と言うか、思い出を話して浮かんだヒヴァラのやさしい笑顔こそ、あの頃に輪をかけてかわいいな、と思う。



「ようし。それじゃ今回も、二人で難問解決に挑んでみましょう」



 自らもぐーっと大きく笑って、アイーズはヒヴァラにうなづきかけた。



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 ※ こちらの質量の単位です。1愛衡あいこう【アイレー・プント】は、そちらの世界の約500グラムほど。2愛衡で1kg、とお考え下さい。(注・ササタベーナ)


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