ペレーグはいったい何者なの? まさか……
ペレーグに視線で促され、アイーズとヒヴァラはその室を出た。
地上階と異なりだいぶ光の入る廊下、そこにある扉のひとつにペレーグは入ってゆく。壁際に棚の並ぶ書斎のような場だったが、そこで二人はペレーグにかけるよう促された。
「半月ほど前から、ソーマさんは食べ物を受け付けなくなっちまって。時々、血痰も吐いている。医者は毎日来ちゃいるが、薬で治るたぐいの病じゃないと言われた」
年季の入った大机の向こうに座り、ペレーグは言った。
「余生をなんとか楽にするくらいしか、もう周りにできることはない、とも医者は言うんだ。本人は訳文を書いているのが一番いいらしいから、ああやって起きた時、好きな分だけ書類をこしらえてもらってるんだけどね」
「……俺に。どうしろと言うんですか」
動揺を何とか抑え込んでいるという様子で、ヒヴァラが言った。
「とりあえず、息子の顔を見せれば忘れた全部を思い出して、悔いなく丘の向こうへ行けるかと俺は思ったんだけどね……。やっぱとんでもないんだな、理術ってのは」
びしり! アイーズの丸顔にも、緊張が走る。
「ヒヴァラ。君の力で、どうにかならないの? 他の理術士にかけられた術を解く術とか、そういう都合のいいのを知らないのかい」
がた、がたたッ!
アイーズとヒヴァラは同時に立ち上がった。そんな二人を正面に見上げながら、ペレーグは何気ない風に続ける。
「けっこう使えるんだろう? ヒヴァラは」
「……あなたは。一体何者なのですか!」
さくら杖を右手に構えてヒヴァラを後ろに押しやり、アイーズは硬い声でペレーグに問うた。
――この人は、ヒヴァラが理術士であること……ヒヴァラとファートリ老侯の過去の詳細を知っているのね!?
「とりあえずヒヴァラの血縁なんだよね、俺。伯父になるのかなぁ」
「は」
「はぁ??」
『げろげろ……』
ヒヴァラの頭巾ふちにはまり込んでいるはずの、カハズ侯もたまげているらしい。
伯父、と言われてアイーズの脳裏によぎったのは、ダウル・ナ・ディルト侯の名だった。名前しか知らない、ヒヴァラのすべての哀しみの元凶!
「それじゃ……あなたが!?」
ぎり・ぱしッ、とアイーズはさくら杖を両手八相にかまえた。
想像していた姿と全く違っているが、目の前にいる少々しょぼくれた中年男がディルト侯ッ!!
「あ、違う違う……。俺はペレーグよ、ダウルでなくて」
アイーズの怒気(ヤンシー似)に、多少なりともびびったらしい。ペレーグは両手を胸の前でひらひらさせて、慌てたように言った。
「えっと、……じゃあもう何とか、順を追って話すから。その、みなさん……おちついて??」
アイーズはさくら杖を構えたまま、立っている。その後ろ、ヒヴァラは髪を赫く燃やして、悲愴に唇を噛みしめていた。
ヒヴァラの肩を抱きつつ怪奇かえる男として出現したカハズ侯が、丸い巨大な眼球いっぱいにペレーグを見つめている……。とどめに三白眼をぎんぎんに広げたティーナ犬が、アイーズの足元からペレーグに向かってがんをとばしていた。
「何かいるなーとは思ってたけど……。うう、俺わりとみえるほうなんだ。どういうこと、あんたらって精霊に取りつかれてんの??」
『正直に言わんと、お前に取りついたるで』
『妖精に嘘をつくと、舌の根が腐るってご存じですかぁ』
おばけらしく凄みをきかせたティーナとカハズ侯を恐る恐る見た後、ふ~! とペレーグは歯の間からため息をついた。
「ここんちはな、ヒヴァラの母親レイミアの実家なんだよ。俺はレイミアの異父兄で、あいつと一緒に育ったんだが……」
しょぼついた語り口で、ペレーグは話し始める。
現ディルト侯の父親、すなわちヒヴァラのマグ・イーレ方祖父という人は、この北部穀倉地帯に第二夫人を囲っていた。その人こそが、ペレーグとレイミアの母親だったのである。
「……?? なんでッッ??」
いきなりの話についていけず、不可解のどん底に陥りかけたヒヴァラが、小さく叫ぶように言った……。無理もない、とアイーズは思う。
「いや、時々ある話なんだよ。持ってる先の荘園近くに、現地妻を囲うイリー貴族って」
「……ちょっと待って。それじゃあここって、まさかディルト侯の荘園なの!?」
はっと思い当たって、思わずアイーズは小さく叫んだ。




