ついに敵地潜入よ……!
「それじゃアイーズ、ヒヴァラ、ついて来てな。そんなに遠かないよ」
何気ないように言って、白馬上のペレーグは村の大通りを西向きにたどり始めた。やがて集落の外れで南へ下がる。
目の前に、急に緑の林が広がってきたとアイーズは思ったが、どうも果樹園のたぐいらしい。近づくにつれて、それらは大きな栗の木々であるとわかる。人の手が十分に入って、管理の行き届いた林だ。
同じ高さの栗木立の並ぶ中を、細い道が白く通っている。林は青々として、静かだった。午後初めの陽を浴びて、ともすれば眠くなりそうな静寂が木々の間に満ちている。
ペレーグが白馬を止めた。ほんの少し道をそれたところ、栗の木々の後ろに高い生け垣があって、板扉が作りつけられている。
「俺だよ。開けてくれ」
ペレーグが呼びかけると、その板扉がぎしり、と内側に開いた。
「入って。騎乗したまんまでいいよ」
白馬の頭をそちら側にひょいと傾け、ペレーグは生け垣の中へと進んでいく。
ごくり、と生唾を飲み込んでアイーズもそれに黒馬を続かせる。
何かがぴかっとひらめいたのが、アイーズの視線の端に見えた。扉を押さえているのは中年の門番、光ったのはその男性が持つ長い棒先に取り付けられた刃だ。
「え。……村?」
生け垣の内側に入った途端、アイーズの背後でヒヴァラが驚いて声を上げる。
なるほど、そこには村のような光景が広がっていた。木々のあいまに長い納屋のような建物と、小さな家々が立ち並んでいる。その傍らで、何かの作業をしている年輩の人たちがちらほら見えた。
『な……何なのでしょう、ここ?』
ヒヴァラの頭巾ふちで、カハズ侯が小さくささやいている。
『この人たち。今までに見てきた北部の方々とは、何だか雰囲気が全然違ってみえるのですが……?』
カハズ侯の言う通りである。人々は数人ごとに寄り集まり、家の脇の地べたにむしろを出して座り込んでいる。みな何かの野菜の選別をしたり、あるいは大きなすり鉢を抱えて、ごりごり粉末をこしらえているようだった。
ペレーグの白馬について細い道を行くアイーズたちを、もしゃもしゃした暗色髪のすきまから一瞬ちらりと見てくる。しかしすぐに視線を落として、めいめいの手作業に戻って行った。
そのさまは、北部穀倉地帯に入って以来、アイーズたちが遠目に見てきた農人牧人と全く異なっている。
道をたずねた奥さんはじめ、彼らは野良でもぱりっとおしゃれな色味の衣を着て、髪もひげもきれいに整えていたのに。
ここにいる人々は、およそ伸ばせるものは全てのばし放題。麻袋のように色のくすんだ、粗末な衣ばかり着ている。
――東部大半島から来た、ブリージ系の人たちだわ……!
アイーズの豊かな胸の内に、すっと冷やっこい風が入りこんだ気がした。
ヒヴァラとともにイヌアシュルの湖から逃げ出した後、山間ブロール街道で人さらいから助け出した老婆と子ども達の姿が思い出される。ここにいるのは、まさにそういった東部系流入民の集まりなのだ。
「……奴隷の人たちだね。みんなここで、働かされているんだ」
ヒヴァラが低く、小さくつぶやく。




