レストラン≪グミエんち≫は乙女イリー趣味だわ
黒馬ミハール駒の上から見渡す限り、一面に作物の生えるだだっ広い農地を、アイーズとヒヴァラはいくつも左右に通り越した。
畑に育っているのは様々な穀物と野菜、ところどころ果樹園もあるようだ。道からずっと離れた遠方に、ぽつぽつと働く人々の姿が見える。しかしこれまで見てきた北部人のように、びかびかした派手な色の衣を着ていない。くすんだ色味の衣を着た人たちは、何だかゆらゆらと陽光下にうごめく影ぼうしのようだった。
広大な農地の中には大きな家も見かけるが、ユーレディの町で巡査に言われた通り、アイーズはそこに休むことを考えない。一心に目的地ツズレの集落を目指す。
そのツズレの集落へは、さほど難儀もせずに到達した。西側に森深い丘陵……いいや、山を背にした小さな村だ。
これまでに通り過ぎた村々やイリーの農村と比べても、さほど変わったところはないように見えた。
村名の標識は道端にあったものの、石壁や村門というのは見当たらない。ミハール駒に乗ったまま、アイーズとヒヴァラは村の大通りらしき道を進む。
石積みしっくい壁に藁ぶきの新しい、田舎の豪邸が低い石壁に囲まれて並んでいる。はて、ここってお金持ちの村なのかしら、とアイーズはいぶかしんだ。
「……なんだか、いい匂いがする」
低い声で、ヒヴァラがするどく囁いた。
「正面ずーっと、まっすぐ行ったあたりだろうか……」
四つ辻をだいぶ外れたところに、商家らしき一軒があった。まわりは住宅ばかりなのに、そこだけいきなりの都会風、狭い前庭に花鉢をどっさり置いている。
『あらら? 看板に、≪グミエんち≫って書いてありません?』
「……」
さくら草と三色すみれの入り乱れようが、どうもイリー風にさまになっている。
荒くれ者のたまり場、すさんだ酒商を予想していただけに、アイーズは言葉を失った。北部商人が指定してきた待ち合わせ場所は、やたら乙女系の趣味に満ちた店である。
「ぬうッ。本日のおすすめ、鶏つくねとたまなの山賊風鍋だって……! においの源は、ここだったのかッ」
『ヒヴァラ君。この位置から店先の献立表が見えるって、もう視力が精霊なみになってませんか?』
まあいいか、とアイーズも思った。どうせ早く来たのだ、ここで昼食をたべてあの北部商人を待ち構えてやればいい。
店先に出ている≪駐馬場は右角まがってすぐ→≫の指示に従って行き、店専用とおぼしき広い厩舎にミハール駒を入れる。
ずいぶん羽振りのよい店らしかった。まじめくさった管理係の男性までいて、手綱をお預かりしやすと潮野方言で言う。十六ほどもある仕切りは、四つが埋まっていた。
「いらっしゃいましッ」
店の扉を開けると、やはり真面目くさった男性給仕がすばやく声をかけてきて、二人は奥の席へと案内される。
外側と同じで、中もやたらかわいらしい内装の店だ。しかも建築装飾、すべてがイリー風だった。
白い漆喰を塗りこめた壁に柱が浮き出して、大きく開いた窓には花鉢が置かれている。黒い卓子に置かれた手巾はテルポシエのどこだったか、とにかく東イリー特有の葉柄刺繍の入ったものだった。
――お店のご主人が、相当のイリーかぶれなのかしらねっ??
そういうかわいらしい店内に、ど派手な色味の衣を着た、いかついおじさんお兄さんたちが座っているのだ。身体つきばかりではなく、顔までこわいのばっかりである。
彼らをどこか他の場所……峠や森の中で見かけたとしたら、これはもう山賊としか言いようのない男たちだ。しかし彼らはみなかわいい卓子におさまって、料理を食べたり杯をぐびぐびやっているのである。アイーズはまるで警戒心を持てなかった。見かけが山賊、というだけの堅気の人たちだ。
「はーい、いらっしゃい。何をあげようかね」
後ろから涼やかきりっとした女性の声がかかって、アイーズは振り向く。
ふあーん、とアイーズの鳶色巻き髪がたなびいた時。
目の合ったおばさんの笑顔が、凍りついたようだった。
からーんッッ!!
体格のよいおばさんの手から、丸盆がすべり落ちて床に弾み、ころんと転がって卓子の下のヒヴァラの足に当たる。
「……フォドラ……!!」
おばさんは切れ長の瞳をいっぱいに開けて、そう言った。




