ユーレディ通過! 目的地はもうすぐよ
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遠目に見ても、ユーレディは大きな町だった。
灰色石づくりの町門だって、どっしりとしていかめしい。
しかしアイーズはミハール駒から降りて、門のそばにいた衛兵役のおじさんに道を聞くだけにとどめる。行き先はもちろん、あの北部商人が渡してきた布片に記してあった待ち合わせ先の在所だ。
「うん、ツズレ集落へはこのまま行って、二つ目小道を右まがれ、だよ。かかって一刻ちょいくらいかなあ」
この北部穀倉地帯に、騎士はいない。治安を維持するのは≪巡査≫と呼ばれる人々だった。
このおじさんもそうなのだろうとアイーズは思うが、騎士とはかけ離れた格好で似つかない。革鎧の上に外套も引っかけず、長い棒を手にしているだけでなんだか傭兵に近かった。イリー騎士のお仕着せみたいな衣はないのだろうか。
しかしおじさん巡査は気安く、潮野方言的な表現をまじえたイリー語にて、アイーズに道を教えてくれる。
「道は悪いですか?」
「うん、街道に比べたら細いやね。あの辺は谷合いだから、勾配も出てくるよ。気をつけて行きな。……ああ、あと途中で農家があっても、入ってめしを頼んじゃいけねえよ」
「……?」
小首をかしげたアイーズに、おじさんは少々困ったような顔をした。アイーズの父より、ちょっと若いくらいの人だ。
「……ええとね。イリーの国と違ってさ、こっちの農家ってなぁ、日中ぶっ通しで野良しごとすることが多いんさ。昼めしの世話を頼むと、迷惑に思うところもあるって話。とくに今はどこも、農繁期だからねぇ!」
「ああ、そうなんですか」
全然知らなかった、とアイーズは思う。教えてくれた親切な衛兵役の巡査にお礼を言って、アイーズは黒馬にとび乗った。
「イリーの農家さんみたいに、お昼たのんじゃいけないんですって。まあ天気もいいし、通りすがりの集落で何か買って食べましょう」
昨日一日そうしてきたことだったが、続行するという意味でアイーズは軽く言った。
「……そうなの? 一番はじめに道を聞いた畑のおばさんは、べつに平気な顔してたけどなあ。俺たち、野良しごとの邪魔したのに」
「あのくらいのおしゃべりと、お昼のふるまいは別物なのよ、きっと。とにかくわたし達も、どんどん距離をかせがないと……。ツズレの集落へは、昼前に着けるかもしれないわね」
ヒヴァラの父の筆跡書類を渡してきた北部商人は、指定の酒商で午後待つ、と書いていた。現場へ早く着くに越したことはない。勝手を知らない異郷にいる場合は、特に。
「ヒヴァラ。何が起こるかわからないけど、とにかく落ち着いて行こうね。君の理術の腕前はたしかなんだから、わたしたち二人が慌てさえしなければ、どんな状況になったって必ず切り抜けられるわ。カハズ侯とティーナも、ついていてくれる」
「うん。ティーナはどうだか知らないけど、アイーズとかえるさんが指示をとばしてくれれば、俺は大丈夫だと思う」
『けッ。俺がおいしいとこ持ってったるし、お前は安心して腰ぬかしとったらええのんやで~??』
『ティーナ御仁ってばぁ』
もう何度も、繰り返し話し合ってきたことである。アイーズはヒヴァラの使える理術の各種を、どうにか付けやきばで把握した(つもりだった)。
ヒヴァラの父を救出するにあたっても、北部人あいてに穏便に済むわけがない。想定しうる危機的状況をあげて、対策を練っていた。
不安は数え上げればきりがないし、自分たちにできることには限りがある、とアイーズは自覚している。しかしその中で最善を尽くすことが、囚われのファートリ老侯を救い、さらにヒヴァラを呪いから救うために必要なのだ、とも信じていた。
――そうだ、国境まぎわのおばさんと言えば……。街道から東へ行ってはだめだ、と言っていたっけ。わたし達は今、まさに北方街道の東にずれ込んでいくわけだけど……。そこに、いったい何があるのかしら?




