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目を離したすきに、ヒヴァラがなんぱされてたわ(怒髪)

・ ・ ・



「あ、ヒヴァラとミハールごまだわ……って。あらら?」



 やがて集落の外、ひらけた林の間際に大きな水たまりが見える。


 しかしそこに休ませているはずの黒馬の手綱を握って、ヒヴァラが誰か二人を相手に話しているらしいのが、アイーズの目に入ってきた。



――えっ!? ヒヴァラ……?



 思わずのしのしと歩みを速める。近づく中で、ヒヴァラの前にいるのが二人の女性だとわかってきた。



「あああ、アイーズぅぅぅっ」



 自分をみつけて、絞り出されたヒヴァラのほぼ泣き声! すなわち救援要請に応えるべく、アイーズは貫禄たっぷりに言い放った。



「待たせたわね! さあ行きましょう、こちら様はどちら様かしら~!?」



 ずんずんのしのし、ほぼ走るようにやってきたアイーズを振り返って、二十歳前後の若い娘ふたりは露骨に顔をしかめた。



「なあんだ。連れがいるんじゃん」


「なんぱは不発だ、行こういこう」



 聞こえよがしに、娘たちはイリー語で言ってくる!


 アイーズの頭に、くわーッと血が上りかけた。


 しかしアイーズは、ばら色とだいだい色のはでな上衣を着た娘たちを見ないようにして、まっすぐミハール駒に向かいその背に跳び乗る。間髪いれずに、ヒヴァラが後ろにつく。



「さようならあああああっ」



 びかびか娘たちのいる方角にむけ、押し付けるような挨拶を投げて、アイーズはさっさと道に出た。



「ひゃーん、おっかなかったようっっ」



 本気でびびっているらしい。ヒヴァラがアイーズの脇腹を、きゅうと両腕でおさえてきた。



「一体どうしたのッ!?」


「あの人たち、わけわかんないこと言って、ぐいぐい間合いつめてくるんだ! 天気の話をしてたのに、急に家においでとか言ってさあ、もうとびとび話題にぜんっぜんついてけないのに! それなのに、俺が何いっても向こうは笑ってばっかり! あああ、怖かったぁぁ」


「やっぱり、なんぱされてたんじゃないのよーッッ!?」



 何ということだろう! アイーズのふかふかとび色巻き髪が逆立って、五割増しくらいにふかついてしまった!



「えっ、あれッ!? アイーズの髪で、前が見えないぞっ」


『いやしかしアイーズ嬢、これヒヴァラ君に落ち度はまったくないのでは~~??』


『こりゃ。落ち着かんかい、かわずのおっさん。あの田舎いけいけ姉ちゃんらはな~、蜂蜜はちみっちゃん。ヒヴァラでなくって馬のほうに興味があったんやで。こんだけでっかいの、単に乗ってみたかったんやろー』



 ティーナがもさもさ言ってはいるが、アイーズは聞いちゃいなかった。


 イリーではこんな経験はなかったが……。ひょっとしてもしかして、ヒヴァラのやぎ顔は北部女性の嗜好に合っているのかもしれないではないか! だとしたらこの先、どう言い寄られるか知れたものではない!!



「別行動というのは、やはり危険が伴うものねっ。またしても油断してしまったわ、反省してこれからは極力二人で行動しましょう! ヒヴァラっ」


「全面的に同意で賛成であります、軍曹ぉぉぉ」



 情けないような、けれど安堵したようでもあるヒヴァラの声が、すぐ後ろからアイーズの耳に入ってきた……。



・ ・ ・



「は~い、お待たせぇ。イオナちゃん、ヴィー!」



 すぱっと切り詰めた短髪をふりかざし、床屋の戸口からこがらな娘が出てきた。


 赫毛(あかげ)と金髪の中間が段々になったような、不思議な色合いのまっすぐな髪が陽光に輝いている。


 赫髪(あかがみ)の少女と少年は、店先の長床几から立ち上がった。



「ふあ~、今回も自慢の≪虹髪≫がいい感じに高く売れたわぁ。さっそく腹ごしらえして、このしけた・・・一帯からとっとととんずらしましょう~! 我らが≪ネメズの民≫も、さっぱり見つかんなかったしね。やっぱこんな浅い・・とこには、売り飛ばされなかったと見えるわ! もうちょっと北の奥を探してみようかい」



 一帯の地域住民にはとんと聞き取れない、強いなまりの潮野方言で、こがらな娘は絶え間なくしゃべる。



≪イオナと、人助けしたんだよ。お礼に蜜煮ぱんもらった≫



 身内のものだけに聞こえる声で、少年がこがらな娘に言った。



「うん、だいたい聞こえたわー。よかったね! え、あたしの分も買ってもらったの? やだ、何もしてないのにわる~い。つうかヴィーが食べなさいよ、ほんとに蜜煮が好きなんだから、も~。あなた将来は蜜煮屋になればいいのよ、自分で作って食べ放題よ。ふむ、そのイリー人のおねえちゃんはかえるの精霊をつれていたの? やだ本当? イオナちゃんにちょっかい出してこなかったでしょうねぇ?」


「あたし、そんなの見てないよ」


「イオナちゃんは妖精ど近眼だから、見えてなくって当たり前よー。向こうはあなたのきんきら赫髪(あかがみ)につい引き寄せられて、いたずら意地悪してくるのが理不尽だけどさぁ。ま~赫髪美人の宿命よ、しかたない気にしな~い」



 くるくるぐるぐる、こがらな娘の口は絶え間なく回る。まるで声の魔術師だ!



≪でもさ、その人。イオナの髪をきれいって言ったんだよ!≫


「あ~ら、そうなの? イリー人にもいかした感覚の人がいるんじゃな~い。ほらごらん、イオナちゃん! あなたは美人で、髪美人なのよ~」


「……【呪われ髪】じゃん」



 赫髪の少女は肩をすくめたが、気分を悪くしてはいなかった。証拠に口角がちょっと上がっている。



「でも。その人の彼氏だか恋人だかも、わたしの髪に似てるんだってさ」


「へー、そうなの? ほんじゃ、おせじとかじゃないわ。本気で言ったのよ、そのおねえちゃん。彼氏のもあなたのも、きれいな髪だってほんとに思ってるんだわぁ」


「うん。そこんところは本当だと、わたしも思う」



 よくしゃべる……しゃべりすぎるこがらな娘を真ん中に、赫髪の少女とみけん傷の少年とは並んで、すたすた北向きに道を歩き始めた。



・ ・ ・



 その後も順調に距離を進んだ後。


 この日の夜、アイーズとヒヴァラは大きな農地の合間にあった道具小屋の裏に天幕を張った。あたりに民家はなくて、本当に作業用の離れ納屋らしかったから、二人は気兼ねなしに野宿できる。


 そうしてあくる日の朝。


 なだらかな丘陵の先の窪地に、アイーズとヒヴァラは石積み建物の寄り集まる町の姿を見る。


 目的地の最寄り町、ユーレディだ。






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