呪われ赫髪の女の子は将来、代表作主役系の美人になりそうね~!
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兄の少年は、言葉を発せないようだった。
代わりに妹が、低くぽそぽそとアイーズに話す。
ぱん屋で二人は、≪蜜煮つきぱん≫を三つ所望した。
イリーの店でもよく提供される、丸ぱんの内を切って中に蜜煮をどっぷり塗ってもらう、買い食いおやつの定番だ。
布包みを大切そうにかかえて、少年の顔がうれしさにほころんでいる。
アイーズは巨大な雑穀ぱんを二斤買い、麻袋に入れて背負う。店を出たところで、少女がアイーズに言った。
「どうもありがとう。アランが出てきたら、みんなで食べるね」
「アラン? ……お兄さんかお姉さんが、もう一人いるの?」
少女はうなづいている。兄妹は、はっきり東部ブリージ系の容貌をしていた。
「ここの床屋で、いま髪を切ってもらってるの」
なるほど兄妹がはじめ座っていた長床几は、床屋の店先である。
「そう。……あなた、イリー語がすごくうまいのね。ここに住んでいるの?」
「ううん、人を探して旅してるだけ。イリーの国にもよく行くから、だから言葉はわかる」
――旅? まさか、こどもだけで……?
淡々と話す少女と、背後でうんうんうなづいている少年は、これまでアイーズが見た北部人とはだいぶ雰囲気が違っている。
アイーズは直感した。
――この子たち。東部大半島からやってきた、東のブリージ系住民なんだわ……!
ガーティンローの森で助けたみじめな流入民の家族と違って、兄妹の身なりはきちんとしているし、態度も堂々としている。
つまり故郷東部の親元で、地元共同体の教育を受けたいいとこの子たちなのではないか。
そして、少女のこの赫髪……。所有する当事者の少女なら、あの子どもの言っていた伝承について詳しく知っているのではないか!?
≪……お兄ちゃん、精霊に呪われちゃってるんでしょう? そういう、あかーい髪のひと。おばけにとりつかれやすい、【呪われ髪】って言うんじゃない≫
山間ブロール街道の森で、東部系の少女がヒヴァラに言った言葉が思い出される。
「……実は、わたし。さっきあなたの髪に、おどろいて立ち尽くしちゃったのよ」
「えっ」
少女は、アイーズを見た。
燃えるような赫毛の中心で、大きな褐色の瞳が純粋におどろいている。
――あなたの髪、東の人が言うところの≪呪われ髪≫について。知っていることがあったら、教えてほしいの……。
アイーズはほとんど口に出しかけて、……やめた。
幼い褐色の双眸が尊すぎる。
≪呪い≫の言葉をきけば、その明るいまなざしはたちどころに曇ってしまうだろう。
親切にしてくれた少女、自分を救ってくれたこの子に、そんな非道な仕打ちをしていいわけがない……と、アイーズは思った。
「あなたの赫髪、ね……」
豊かな胸の底をふるわせて、アイーズは別の真実を言うことにした。
――呪いの詳しい話なんて……。別の機会、べつの人に聞けばいいんだわ。でも、この子はだめ。絶対に聞いちゃだめ。
「わたしの大好きな、大切なひとも。ちょうどあなたのに、よく似た髪色をしているのよ。だからつい、あれっ? と思ってね。……とってもきれいだったから」
少女の顔が、ぱあっと赤くなった。
色白の子である。大人になったらものすごい美人になりそうだ、とアイーズは思う。
照れたようにうつむいてしまった少女に、その後ろでにこにこしているでっかい兄に、アイーズは笑いかけた。
「それじゃあね。本当に、どうもありがとう。あなたたちに、福ある旅路を」
「……ありがとう、おねえさん」
照れ笑いの少女と、満面笑顔で手を振る少年とに別れて、アイーズは歩き出す。
村を出るあたり、ようやく小さなかえるのカハズ侯がアイーズの肩先にあらわれた。
『ももも申し訳ございません、アイーズ嬢……! わたくしが一緒についていたのに、あんな危ない目にあわせてしまって。もうヒヴァラ君とティーナ御仁に、あわせるかえる顔がございません~~!!』
「いいのよカハズ侯、どうか気にしないで。ぼんやりしちゃったのはわたしなんだから……。ヒヴァラには、荒れ馬から遠ざかるよう子どもたちから注意してもらった、くらいにやんわり話しましょう」
『ええ……』
「それにしても。はしっこいあの子たちに間一髪で助けてもらって、ほんとに運がよかったわ! いい子たちだったわよね? 女の子の髪、≪呪われ髪≫のことはどうしても聞けなかったけど」
『……それなんですよ、アイーズ嬢』
「えっ?」
『わたくしも、あのお嬢ちゃんの赫髪を見た時に、どっきりしたのです。一瞬であの赫色に引き込まれるというか、ものすごく気持ちが乱れてむかむかして、次いでぼうーっとしてしまって。それで馬が走り寄ってくるのにも、気が付けなかったのですよ』
「カハズ侯が……? なぜ??」
『わたくしにも、もうてんでわかりません。理由なんて本当にわからないのですけど、とにかくあの赫髪がおそろしくなって……。それで今まで、アイーズ嬢の髪の中にかくれていたのです』
「……」
――精霊にとりつかれやすい、【呪われ髪】……。
アイーズの目に、少女の髪はヒヴァラの髪によく似て見えた。
けれどカハズ侯はヒヴァラの髪に、そんな変な感覚を持ったことなんてないのである。
ヒヴァラの呪いとは全く別に、やはりあの少女もまた、ある種の≪呪い≫を持っているのだろうか……という疑問がアイーズの胸のうちをよぎる。
――でも。わたしを助けてくれたあの子は、ほんとに善い子だった……。
アイーズはため息をついた。
これ以上、少女の事情に立ち入ることはできない。ふたたび彼らとめぐり会うことも、おそらくないだろう。
ふあんふあん、頭を振る。鳶色巻き髪を振りつつ、アイーズは少年少女の幸せを祈った。




