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赫髪の女の子と、みけん傷の男の子に救われたわ!

 

――え、ヒヴァラ? なんでここに……? いえ、違うわ?



 ふいに視界に入ってきた鮮やかないろどりに、アイーズは思わず目をみはった。


 ぱん屋らしき店のすぐ右どなり、店先の長床几ながしょうぎにかけている人物。


 その人のあかい赤い、あかい髪が午後の陽光を浴びて輝いていた。


 血が、あるいは命そのものが燃えているような強烈な色。


 その髪は一瞬、アイーズの全神経をぼうっと困惑させるほどにあざやかだったのである。



 ひいいいいいん!!!



『きゃあああああ、アイーズ嬢ーっっ』



 思わず立ち止まってしまったアイーズの右耳に、するどい馬のいななき・・・・声が突き刺さる。カハズ侯の悲鳴も!


 ぎょっ、として頭を向けると――いきなり巨大な影の下にアイーズはいた。


 大きな雄馬が自分の上に前脚を振り上げ、今まさに衝突しかけているとアイーズが理解した、その瞬間。



「あぶないっっ」



 しなやかな何かが、左右からがしっと自分の身体を持ち上げるのをアイーズは感じる。



「きゃあっっっ……」



 あまりに非現実な風景、だった。


 目に入ったものを、後からおくれて巻き戻すように頭の中に見直しながら、ようやくアイーズは小さく叫ぶ。


 冗談のようなすばやさで走り寄ってきた二人が、アイーズの両脇をすくい上げ、雄馬の真下から引き離してくれたのである!



「……」



 悲鳴のあとが続かない。


 立ちすくんだまま、がくがくっと震えるアイーズの腕を、少女が……あの目の覚めるような赫毛(あかげ)の持ち主が、力強く支え抑えてくれていた。


 もう一人のほうは、すらりと雄馬の方へ近づいてゆく。


 ミハール駒なみの巨躯を有する若い馬は、なにかにひどくいらついて荒れていた。手綱をつけたまま、後ろ脚に立ち上がっては下ろし……、を繰り返している。


 その荒ぶる馬の近く、歩み寄ったりわずかに後じさったりしているのは、少年だった。しかし不思議なことに、そうして少年が静かに動くたび、馬はしだいに苛立ちをおさめて静まっていくように見える。


 やがて馬の長い首がくたり、とうなだれて、手綱が少年の手中におさまった。



「おーいっっ!」



 ひどく強いなまりの潮野方言が聞こえて、馬の来た方角から男性が小走りにやってきた。


 少年に向かって何か言っているが、恐慌のさめやらないアイーズにはもちろん聞き取れない。


 手綱を少年の手から受け取ると、男は馬を引いてさっさと立ち去ってしまった。それを見ながら、少年もアイーズのほうへやってくる。


 ……でかい少年である!


 そこでようやくアイーズは、少年少女のふたりともが、自分の背丈をはるかに上回っていることに気づく。



「おねえさん。大丈夫?」



 しかし見下ろしてくる顔は、だいぶ幼いのだ。


 板についた正イリー語で問うた少女は、十二以上とはとても思えない。しかし質素かつ地味な毛織上下を着たその身体は、がっしりとしてすさまじく丈夫そうだった。


 あの燃えるような赫髪(あかがみ)は、きれいなおさげに編まれている。耳の後ろあたりからもうひと筋、細い編み髪が肩に流れ落ちていて、先端に飾り玉みたいなものがくっついていた。



「ええ、……本当にありがとう。助かったわ」



 すい、と少年がさくら杖を差し出す。


 さっき雄馬に踏まれかけた時に、落としてしまっていたらしい。それすらアイーズは気づかなかった。


 少年は、これまたいかついがっしりとした体躯である。少女とそんなに年齢が変わらなさそうなのに、もう大人みたいに見えた。けれど床屋へ行ったばかりのようないがぐり坊主頭の下は、まぎれもない少年の顔なのである。その眉間にひと筋、白い傷跡が走っていた。


 少年は口を動かして、何かを言ったらしい。


 が、アイーズの耳には何も入ってこなかった。代わりに、少女のほうが静かに言う。



「あの馬、もとの飼い主のところから最近売られて、気が立ってたんだって。許してあげて、って」


「えっ……?」



 なんだか妙な気がしたが、アイーズはべつに怒っているわけではない。



「ええ、それはもう……いいのだけど……」


「おねえさんに、けががなくって良かった。じゃあ、気をつけてね」



 くるり、と素っ気なく行こうとする少女少年に、アイーズは思わず声をかけた。



「あの。ちょっと待って、あなたたち……!」



 二人は振り返った。


 その振り返り方が同じ、ふたつの顔はよく似ている。


 きょうだいなのは間違いなかった。



「その……。わたし、ぱんを買いに来たのだけど」


「あ、ぱん屋はそこだよ?」



 あごをしゃくった少女に、アイーズはのしッと一歩近づいた。



「お礼と言っては、何なんだけど……。あなたたちに、おやつぐらいおごらせてくれないかしら!?」



 兄と妹はきょとーんとして、よく似た顔を見合わせている。





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