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自分の訳本新刊を全力で宣伝するわよ!

「ところでアイちゃん。例の書類からは、何ぞわかったんかい?」



 父が聞いてきたのは、ヒヴァラ旧実家の床下から出てきた、大量の筆記布のことである。帰宅後、アイーズは全てに目を通してあった。



「ええ。ヒヴァラがティルムンに連れて行かれる前から三年分の、輸出用食糧の納品書だったわ。数か所の北部穀倉地帯の栗農家から、テルポシエの貿易業者あてに発行したものだった」


「栗……! で、何かこう、手掛かりになるような記述はあったの……?」



 アイーズの母がぴかっと目線を光らせて、問うてくる。



「いいえ、まだ何も。だから明日、オウゼ書房に行って調べものしてくるわ」



 オウゼ書房と言うのは、アイーズがティルムン語翻訳の仕事を請け負っている出版業者である。兄ヤンシーと両親はしたり顔でうなづいた。



「書房……? なんで?」



 お椀に麦を山盛りにし、食卓の腰掛に座りなおしたヒヴァラだけが、不思議そうにアイーズを見る。



「そこはね、ティルムン語の本をたくさん翻訳出版している会社なのよ。資料室には原本のほかにも、ティルムン関連のイリー書籍がたくさんあるの。書類が書かれた頃の貿易白書を調べれば、何かわかるかもしれないでしょ?」


「そっかー、さすがアイーズ……!」



 どや顔のアイーズに、素で感心したらしいヒヴァラがぽろっと言った。次いで、はっと気づいたように言葉を継ぐ。



「……それで、アイーズって。どういう本を翻訳してるの?」


「あら、言ってなかったかしら?」



 ヒヴァラはふるふると頭を振る。


 翻訳の仕事も各種あり、ティルムン語から正イリー語への書籍翻訳はその主要分野のひとつだ。


 イリー人の識字率は高くないが、有識層にとって読書は大切な教養であるし、また純粋なる娯楽でもある。多くのティルムン書籍が輸入されては、翻訳されていた。アイーズはこの数年、婦人向けの文芸ものや知識本の出版に力を入れている書房と契約を結んでいる。それがファダン大市のオウゼ書房なのだ。



「これまでに、占いや夢診断の本をずいぶん訳したわ。あとはやっぱり、物語よ!」


「へえー! 空想冒険ものかいっ?」


「それは男の子向け領域じゃんるよ、ヒヴァラ。わたしが訳すのは、女性向けの都会ふう恋情小説だとか、夢想怪奇譚が中心なの」


「……」


「……」



 高め襟の麻衣につつまれた、豊かなる胸をどーんと張ってアイーズは言った。その食卓反対側にて、父とヤンシーとは無言にてもくもく粥を咀嚼している。



「アイちゃん。最新のやつはどうなったのよ? もう脱稿したの」



 母の問いに、アイーズはこくっとうなづいた。



「ええ! 『髑髏どくろ仮面夫人の静かなる鉄槌』は、すごいわよ! お母さん。まだまだたくさん校正を通さなきゃいけないけど、出来上がったらぜひ皆にも読んで欲しいわ! ヒヴァラもねっ」


「どくろぉッ。なんか、こわいやつぅ!?」


「怖いわよー! すごく怖くて、おどろおどろしく面白いのよ!」



 小さな丸い双眸をくわッと見開き、両手こぶしを胸の前で握って問うヒヴァラに、アイーズは余裕の笑みを返した……。ここは彼女の歯が、きらッと白く輝くところだ!



「ふふふ、お母さん楽しみー」



 固ゆで推理ものを中心に、様々な領域じゃんるの読書を楽しむ母も、低く笑った。



「……」


「……」



 父とヤンシーは、やはり無言のまま食べている……。



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