わたしとしたことが! 油断大敵だわ(恥)
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「……えーと??」
ふあっと気づいた時、アイーズはおなじみ草編み天井を見た。
毛布に包まれ藁ぶとんにのっているからには、天幕泊の野宿ではなくて宿屋にいるはず……。薄暗い中でも、それは何とかわかる。しかしこの狭さは一体?? 草編みの天井と壁とは、アイーズの身体ぎりぎりくらいのところを覆っているのだ。
むくり、とアイーズは上半身を起こす。毛布の下はいつもの麻衣に毛織、ふくろ股引の着のみ着だった。
――ぎゃっ、何っ?? ねまきにも着替えてない! お湯も使わないで寝ちゃったの、わたしー!?
「……起きたか~い」
やたら近い、寝床すぐ脇の草編み壁からにゅうとヒヴァラの顔が出た。ぼんやり輝く赫髪のおかげで、アイーズははっきり知る。
ヒヴァラとアイーズは、同じ寝台の上にいた。ヒヴァラは大きな寝床を天幕でくるんだ上、二人の間に草仕切りを作ったらしい!
「……大丈夫? どこか痛くない、お腹とか?」
「……」
か――!!!
自分の頬に、さらにその上に、血がのぼるのをアイーズは感じる。とっさに声が出てこなくて、アイーズは狼狽した。
「頭いたいとか、気持ちわるいとか」
「……ないわ」
妙に口の中が渇いてはいるが。
「あの店員。アイーズのはっか湯に、蜂蜜酒か何か入れたっぽいんだ。よっぱらっちゃったから、俺おんぶして宿に帰ったんだけど……。室に入ったら寝台いっこしかないし。もう本当、どうしたらいいかわかんなくって」
――よ、よ、酔っぱらった……このわたしがッ??
飲めないイリー人の代表格にして典型のアイーズである。蜂蜜酒は強いから、ほんの微量でつぶれてしまったらしい。
「だからもう、本当ごめんなさい。ぼうしと靴と外套だけぬがして、あと毛布にくるんで転がしちゃったんだ。むりやり起こして目をさまさすのが、そのう……。できなかったんだ、もったいなくって」
「は??」
「だから俺もつきあって、≪乾あらい≫とかしないでそのまんま寝ちゃった。あとでお湯使った後にするよ」
しょんぼりしたような、同時にひどく照れたようなヒヴァラの話は、いまいち要領を得ない。しかし記憶の外側で醜態をさらしたわけではないらしい……とわかり、アイーズはどうにか動揺を抑え込んだ。
「そいじゃ、まだ早いし。俺もうちょっと寝るね」
ヒヴァラの顔が、すういと草壁のむこうに引っ込んでいく。
「そっち寝台脇の卓に、水さしとゆのみ、のってるよ」
「え、ええ……」
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雄鶏の歌にて二度寝から目ざめ、簡単な宿の朝食をむさぼった二人は、エンベラの町を出る。
朝日の中に浮かぶ白い道を北方に取りつつ、黒馬上のアイーズはヒヴァラに改めて話し出した。
「よくよく考えてみれば、むちゃくちゃ危ない状況だったわね! あの店、わたしたちをお酒で盛りつぶすつもりだったんだわ。店の裏側から、奴隷業者にでも引き渡す魂胆だったのかしら!? おそろしいわ~、やっぱりここは無法地帯なのよ」
「……」
「ヒヴァラが引っかからずにいてくれて、助かったわ。北部の町って、本当に油断ならないわねっ」
「アイーズ。……俺のは、ふつうのはっか湯だったよ。全部のんじゃったけど、何ともなかった」
「え? そうなの?」
驚いてアイーズが肩越し振り返ると、ヒヴァラはきまり悪そうな苦笑を浮かべている。
「……あの、ねえ。アイーズは時々、よっぱらった方がいいと思うんだ。俺」
「何でよ。危ないじゃないの」
「……でもアイーズ、大っきなねこみたいに、ふかふか丸くなってて寝てて。ものすごくかわいかったんだ」
かっぽかっぽかっぽ……。沈黙のうちに、ミハール駒の蹄音だけがひびく。
「一生!!! お酒なんて、のまないわーッッッ」
照れかくしに、アイーズは小さく咆えた。生まれて初めて、本当に『ぎゃふん』と言いたくなった瞬間である。
ミハール駒がぴくんと耳を動かして、その頭の上に乗っていた小さなカハズ侯がふふふ、となごやかに笑った。
見えないティーナは、どこかで笑いを抑えている気配である。




