エンベラ滞在、大たまご豆のスープが強烈においしいわ!
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アイーズとヒヴァラをのせたミハール駒は、その後もいくつかの丘陵を越える。
街道と平行に流れる小川があって、細いせせらぎが大きな川と合流するところにエンベラの町があった。
徒歩の人も含めて、街道に人の通りが多くなってくる。地元の人々なのだろうが、暗色の髪に派手な色味の柄上衣。それらがアイーズの目に奇異と映る分、自分たちもそうとう異質に見られているのだろうな、と思う。
午後遅く、川にかかる石橋を渡って町門の前にたどり着いた。
出入りの人の間に立つ衛兵らしいのが、アイーズたちをちょっと見る。ミハール駒から降りて二人が近寄ってゆくと、同じように革鎧を着た人が三人いて、後ろ手に長めの警棒を持っているのがアイーズにわかった。
「やあ。福ある日を」
しかし衛兵役は簡単に言ってうなづくだけで、アイーズたちを止めもしない。
「すみません、厩舎はどちらですか?」
「ああ、そこの右側をまっすぐ行って。標識に従ってね」
淀みなくイリー語で答えられて、アイーズの方がびっくりしてしまった。そして町門の内側、石壁にかけられた標識板はイリー語表記である。
厩の中も、ファダン領の町の公共厩舎となんら変わらない。ミハール駒の世話をして預けてから、アイーズとヒヴァラは町の中へと踏み入る。
観光する気はないものの、おのぼりさんよろしく、アイーズは思わず周辺を見渡してしまった。石だたみも通りの並びも、家や建物も……。ほぼイリー諸国のものと変わらない。そこを行きかう人々だけが、異なっていた。
老若男女、暗色のもしゃもしゃ髪をした人が圧倒的に多い。しかしその中に時おり、明るい髪色のイリー系が混じってもいる。
テルポシエ国境に一番近い地域なのだから、イリー人の行き来も盛んで珍しくはないのだろうか。先ほどの衛兵役の態度を思い出して、アイーズは首をひねった。
――無法地帯? ……って言う感じでは、全然ないわね。
宿屋もすぐに見つかった。イリー語で書かれた看板が下がっているのだから、探しだすのも造作ない。流暢にイリー語を話す女将に小切手決済ができると言われ、アイーズは安堵してそこへの滞在を決めた。
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「……だまされたと思って来てみて、よかったわね? ヒヴァラ」
「うん。これまた、おいしすぎる」
二人は狭い卓子で頭を突き合わせるようにして、夕食にありついていた。
畑のおばさんに道を聞いて以来、ヒヴァラの頭を占領してきた豆の菜湯を無心に食べているのである。
おいしいところはどこですかと聞くと、宿の女将さんは全く笑わず、うちの隣の酒商がぴかいちでございます、と言い切った。
その店の扉を開けた時、長台や壁際席にいる男性飲み客がアイーズたちをじろりと見てきたのが気になったが、通された奥には夫婦ものや家族、年輩客もいる。テルポシエで入ったすてきな酒商のことを思い出して、似たようなものよと受け止め、アイーズは豆菜湯を注文した。
「……菜湯っていうか、汁気の多い豆の煮ものって感じね。この種類のお豆、わたし見たことないわ」
木匙に豆をすくい上げて、アイーズはまじまじと見入った。その巨大なひと粒が、さじからだいぶはみ出している。
「畑のおばさん、≪大たまご豆≫って呼んだっけか」
「たしかに、うずらの卵みたい。こっちの方がもっと大きいけど」
そら豆に似ているが、倍は大きい。色味もずっと濃くて、はっかのような緑色をしている。けれど見かけに反して青くささは全くなく、噛めば薄い皮が容易にやぶれ、ほこほことした中身が甘かった。
あいびきのひき肉と一緒に煮られたうまみ汁には、複数の香辛料が聞いていて何が何やら。しょうがとういきょう、それ以上はアイーズにも判別できない。
ぱんも勝手が違う。イリーの黒ぱんほどに黒くなく、甘みがあって軽い。ヒヴァラは籠を二つ、空にした。
初の北部食を満喫した二人が卓上で会計を頼むと、若い給仕の男が硬貨のおつりと一緒に小さな湯のみを二つ、持ってきて言う。
「たくさん食べてくれてありがとう。こいつは食後のおまけなんだ、ゆっくり飲んでっておくれ!」
「まあ、ありがとう」
「福ある夜をねー」
どこか軽々しいところのある若い男は、ぱちんとヒヴァラの方へ片目をつぶってみせてから去ってゆく。
「……?」
「あらー、すんごくおいしいわ、これ。かなり甘いわよ」
生のはっか葉で淹れてあるらしい。その香り高い香湯に、アイーズはすっかり嬉しくなった。どっぷり蜂蜜を入れてくれたと見える!
ふふふ……。
なぜだか、アイーズの口元から理由なく笑みがこぼれた。
すぐ近くにあるヒヴァラのきょとんとしたやぎ顔がいつも通り、……いいや。いつも以上にやさしく懐かしく、かわいらしく蜜蝋灯りに照らされていた。
それが妙に心地よくて、アイーズは笑うのを止められないのである。……あたたかい……。
「……アイーズ、……アイーズ??」
ヒヴァラの呼ぶ声が、遠くなる。




