北部おばさんにグルメ情報を聞いたわ♪
「何がおいしいんですか? その、エンベラって町!」
アイーズの横、いつのまにかミハール駒の手綱を引いたヒヴァラが立っていた。何と言う、きりっとしたやぎ顔……!
しかも板についた潮野方言にて、すらすらおばさんに話しかけている。
おばさんは、目を細めてヒヴァラに笑いかけた。
「ふふふ、何でもうまいやね。けど今の時季なら、大卵豆とひき肉の菜湯がごっつぉだ。町についたら、そこらの人にうまい店を聞いてごらん」
「そうしますッッ」
「そうそう。ああ、けどねぇ? エンベラの町から、東へ外れてはだめだ。こわいやつらが出てきていびるし、ろくなものがないからね」
「ええ、危ないところへは行きません。どうもありがとうございます」
農家おばさんにお礼を言って、アイーズとヒヴァラは再び馬上の二人となった。
「よかったわー! 親切な人で」
生まれて初めて見た北部女性とうまく話せて、アイーズはちょっと興奮ぎみだった。
「ねえ、ヒヴァラ。あの奥さん、わたしがイリー人だから、わざとあんな風にわかりやすく話してくれたのかしら?」
「ううん、あれがふつうなんだと思うよ。この辺の潮野方言って、すごくイリー語に寄ってるのかもね」
西方文明発祥地のティルムン語、正イリー語、そして潮野方言は……実は同じものである。
植民とともにもたらされたティルムン語がイリー都市国家群において正イリー語に発展し、正イリー語がさらに東部原住民のブリージ文化と深く結びついて潮野方言になった。抑揚、発音法、表現など各地の環境によって細分化されてはいるものの、基本は同じなのだ。(※)
よって極端な話、ティルムン人が早口を引っ込め、イリー人が心もち口を大きく開けて発声し、北部人を含む東部ブリージ系の人間が精霊おばけその他いろいろにちなむ慣用句を使用せずに話せば、三者は十分に相互理解が可能となる、……らしい。試してみた人の話は、いまだかつて聞かないが。
「わたしたちの目指しているユーレディの町も、地域圏としてはここと同じなんだもの。この調子なら、言葉が通じなくって難儀する、ってことはないかもしれないわね。きっと何とかなるわッ!」
ふんふん鼻息を荒くしながら、アイーズは機嫌よくミハール駒を歩ませる。
『……でも、奥様が最後に仰ったことが気になりませんか? 怖いやつらがいる、って……』
危機管理能力にたけたカハズ侯が、ヒヴァラの頭巾ふちでけろけろ言った。
『まあ、どこにもかしこにも、怖い人というのはいるのでしょうけれど』
それにしても、とカハズ・ナ・ロスカーンは小さな首をかしげる。農家おばさんの言い方から想像するに、町から東へ外れると、そこはもう暴力的無法地帯……という印象を彼は持った。その辺が、どうにも引っかかるのである。そんなカハズ侯とは裏腹に、ヒヴァラは明るい調子できりりと言った。
「そうだそうだ、かえるさん。俺たちは豆菜湯からさき、東への移動はかたく控えよう! そうだねアイーズ!?」
『……お前って食いものからむと、ほんまにきりっと引きしまるのんな。いつもそうしてられへんの?』
ふわりと黒馬の横に浮き出ていたティーナが、ふりふり小首をかしげながらヒヴァラに向かって突っ込んでいる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※アイーズ嬢が『翻訳士』であることからもわかるように、表記に関しては全く異なります。話すことばと書き言葉は、また違うものなのですね。(注・ササタベーナ)




