北部おばさんと交流してみましょう!
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テルポシエ国境を越えてから、目指す目的地の最寄り町≪ユーレディ≫までは、短くて二日。長くても三日くらいだろうか、とアイーズは踏んでいた。
そう見積もったのは、あくまで地図上の距離を眺めてのことである。ここまでのように、峠の勾配がどこまでも続くのであればさらに時間がかかる、と二人は覚悟していた。
しかしアイーズとヒヴァラの悲観的予想を裏切り、しだいに森林は開けていく。イリーの沿岸部農村地と変わらない、なだらかな丘陵地が続いていた。
深緑色の濃い森は後方へぐっとかすんで、街道の両側にあるのは曠野か農牧地だ。草を食んでいるのはほとんどが牛で、毛の短い白いやつばかりである。
「イリーのいなかと、変わんないね」
いまや視界が大きくひらけたので、山賊急襲の危険は低いとみなし、アイーズはヒヴァラに≪かくれみの≫の術を解いてもらっていた。そのヒヴァラが、何となしに言うのである。
「牛はテルポシエにたくさんいたやつと同じだし、ぽつぽつある畑に生えてる作物も、ファダンにあるのとあんまり変わらない。俺もっと、がらーっっと変わるもんだと思ってたんだけどなぁ」
「うん。わたしもそう思ってたわ!」
『わたくしもー』
しかし東部大半島と同様、この北部穀倉地帯は広大である。
面積だけ見れば、イリー世界全体の何倍もあるのだ。東端テルポシエから西果てのデリアドまで、イリー都市国家群だって相当の広さなのに、それを全部たしても到底たりない。
「ここはそういう広ーい国の、イリー寄り辺境って位置だから……。北海沿岸の本当の奥地に比べたら、また全然ちがうんじゃないのかしら」
こんなことになるのなら、もう少し北部穀倉地帯について本を読み、勉強しておくんだったとアイーズは思った。まあ、実際来ることになるとは二日前までつゆとも考えなかったのだから、後悔してもしかたがない。
風景だけを見ていると、テルポシエにいると言われても信じられそうなところである。しかし湿気の多かったテルポシエと違い、空気はだいぶ乾いていた。
地図上では、じきに集落と町の見えてくるあたりだ。慎重な外国人旅行客としてはどこに行くのが最善なのか、とアイーズは思案する。
そこに育っている背の低い作物は、豆類だろうか。広大な畑の中にしゃがみこんで作業をしている女性たちの姿をみとめた時、アイーズは交流してみる気になった。
「ヒヴァラ。あそこにいる女の人たちに、ちょっと聞いてみるわ!」
「イリー語通じるのかな?」
「通じなかったら君の出番よ。潮野方言でよろしく通訳してね~!」
「え、ええー!?」
自分だけミハール駒から降りると、畑に向かってアイーズは呼びかけた。
「福ある日をー!! 奥さま方、ちょっとよろしいですかぁー」
「はぁ~~い。福ある日を~」
やまぶき色のど派手な頬かむりをしたおばさんが、ひとり甲高く答えた。よーいせ、と腰をのばして手をひらひら振ってくる。
「迷っちまったかい? 嬢っこちゃん」
アイーズは豊かな胸のうちでほっとした。おばさんが話しているのは潮野方言ではあるが、だいぶイリー語に寄った抑揚と発音だ。アイーズにもしっかり意味がとれる。
手にしたはさみを作業衣のかくしにしまい、大股で近寄ってきたおばさんに、畑枠の柵を挟んでアイーズはゆっくり話してみた。アイーズのイリー語も、おばさんには楽に理解できるようである。
「だいぶん先になるけど、エンベラの町に行くのがいいよ。あたしはよく野菜を卸しに行くんだが、宿もいくつかあるし、お巡りさんの見回りも多いから、馬とられる心配もないやね。うまいものを、たくさん食べていくといい」
いかにも気の良さそうな大柄のおばさんは、朗らかにそう教えてくれる。
「何がおいしいんですか? そこ」
アイーズが見上げると、いつのまにかミハール駒の手綱を引いたヒヴァラが横に立っている。しかも板についた潮野方言にて、おばさんに話しているッ!




