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北部山賊の洗礼ね!?

・ ・ ・ ・ ・



 出がけにアイーズが地図で確認しておいた通り、テルポシエ国境を越えてしばらくは、何にも・・・なかった。


 道はまばらな厚みの林を抜けて進むようになり、勾配が出てきたので、峠にさしかかっていると体感はできる。


 それにしても人家ひとつ見当たらない。ほんとに外国に来たのかな、とアイーズはまゆつば・・・・気分になっていた。


 けれどしだいに、反対方向をゆく北部人の旅行者とちらほらすれ違うようになる。テルポシエへ商用に向かう人々なのだろうが、みな真面目な表情で、急ぐように南下してゆく。徒歩の者や驢馬ろば車は全く見ない。肥えてたくましい馬に騎乗した、男たちばかりだ。



「あ……あれ、集落じゃない?」



 四愛里ほどもゆるやかな峠道をのぼったあたりで、ようやく下り坂の先に人家らしき集まりが見えた。


 アイーズは豊かな胸のうちで、ほっとした。ここまでヒヴァラと一緒に、地図を見ながら確認した通りの道程を踏んでいる。こんな一本道で迷うほうが難しいのかもしれないが、とりあえずは順調ということだ。



『ちょっと、皆さん!』



 その時、見えないカハズ侯が小さく叫んだ。



『後ろの方……森の中から、どうにもがさつ・・・で嫌な感じの一団が来ますッ』


「いざ来たれ 群れなし天駆あまがける光の粒よ、高みより高みよりいざつどえ――」



 即座にヒヴァラは頭巾を引き上げ、早口で≪かくれみの≫を詠唱する。



つどい来たりて 我が身をみず鏡の輝きでまもれ」



 アイーズがミハール駒を路肩に寄せ、そろそろ歩かせていると、急に後方が騒がしくなった。



「あれぇ? 確かにこの辺にいたのになぁ」


「森に入って、しょんべんたれてんじゃねえのか。探せ」



 林の中から出てきた六人の男たちが、道を挟んで反対側の樹々の中に引っ込んでゆく。



「……みんな、手にいろいろ武器をもってる……。弓だの棍棒だの!」



 後ろを見ていたヒヴァラが、低い声でアイーズに言った。


 アイーズは前を見て慎重にミハール駒の歩を進めていたが、それでぐいっと前に出た。


 街道のまん中を、とっととと、とどんどん進んでゆく。



「……しゃべっていたの、潮野方言だったわね?」


「うん。みんな北部の人の顔で、もさもさした毛皮の上っぱりとか着てたよ。森の中に入って、目立たないやつ」


「ふ・ふ・ふ・ふ・ふ~~」



 アイーズが低ーく笑ったのを聞いて、ヒヴァラはどきりとした。



『アイーズ嬢、大丈夫ですかっ? まさか動転なすったの、あなたともあろう勇敢な女性が??』



 見えないカハズ侯が、心配そうにしょっぱい声をかけてくる。



「さすが北部の無法地帯ね。さっそく山賊どものお出ましってわけよ!」



 少し視界がひらけて、下に集落を見る峠の下り坂。誰もがほっとして油断をするところだ。そこを狙って襲撃するために、待ち構えていたのだろうか。


 イリー諸国と違って騎士の定期巡回なんかないのだろうし、はなだ色のファダン騎士外套の威光で守ってくれる父や兄もいない。気を引き締めて行かないと、とは思う。一方でアイーズは、そこに挑戦してみたくもあったのだ。



――大事なヒヴァラを守って、絶対に無事にファダンに帰ってみせるわよッ。



「本当に助かったわ、カハズ侯。見通しの良くないところが続きそうだから、以降もよろしく見張っていてね?」


『ええ、お任せくださいな!』


「ヒヴァラはティーナの力を借りて、≪かくれみの≫を弱めに継続。運転交代はしなくていいから、術の切り替えがしやすいように気をつけていて」


「うん、わかった!」



 昨夜、怪異の≪迷い家まよひが≫で授かった聖樹の環は、ヒヴァラ自身の理術の使用効果を高めるものだと一同は推測していた。


 しかし枯渇することのない精霊ティーナの力とは異なり、ヒヴァラが単身で術を使えば、当然本人の消耗につながる。


 なるべくヒヴァラの力を温存したいと考えて、アイーズは現時点においてはティーナの力を借り続けるよう、ヒヴァラに頼んでおいたのだった。



「それぞれのしま・・や縄張りはあるんでしょうけど、山賊はたくさんいるものだわ。今の一団こっきりでおしまい、なんて考えるのはいかにも浅はかよね。もう少し土地がひらけてくるまでは止まらずに、とにかく前に進みましょう」


「そうだね、アイーズ!」



 だいぶ少なくなってはきたが、テルポシエで調達しておいた食糧がある。ゆうべ野宿した廃村で飲料水も補充していたし、まだまだ先へ行ける、とアイーズは思う。



蜂蜜はちみっちゃんはほんまに、頼もしい隊長やねんなぁ』


「軍曹だよ」



 見えないティーナのつぶやきに、ヒヴァラが低く突っ込んでいる。





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