ヒヴァラのダーク本音が出たわ!
・ ・ ・ ・ ・
「……何かの術、使えばよかったんだろうか。俺」
アイーズの脇腹につかまったヒヴァラの手が、かすかに震えた。それに気づいてアイーズは、前方を見たまま首を振る。
「あんないじわる騎士なんかに、ヒヴァラの力を使うのはもったいないわよ。それより、アリエ老侯にもらった証書の威力がよくわかったんだから、いいじゃないの!」
『ふっ、さすが貫禄の蜂蜜ちゃんやな。俺も正直、燃やしたろかちゅうほど頭きててんけど~。今頃あの上司のおっさんに、絞られとったらええねん。あいつ』
『ねー。わたくしですらどん引きするほどの、いやな人でした! こっちの話もろくすっぽ聞かないし……。八つ当たりみたいな言い方でしたねぇ』
『あー、わかった。あいつきっと、最近ふられたんや! 自分が失恋したから、蜂蜜ちゃんとヒヴァラが仲良う旅行、ちゅうのがうらやましすぎてかんに触ったんとちゃうか~??』
『なるほど~! いわゆる嫉妬というものですか。まぁあれだけ性格の悪そうな御仁でしたら、お相手は逃げて大正解でございますよー』
姿を見せずに近くにいるティーナと、ヒヴァラの外套頭巾ふちに入ったカハズ侯が、言いたい放題にしゃべっている。
静かだったヒヴァラが、いきなりふつりと、低く言った。
「アイーズが、何したって言うんだ。ただ通ります、って言っただけじゃないか……」
つかまっている手に力がこもる。ヒヴァラの怒りが、アイーズの脇腹おにくに伝わってきた。
「……ヒヴァラ?」
「それなのにあいつ、アイーズのことばかにして見下して……! 俺。あいつを燃やすか切り刻むか、してやりたい」
ヒヴァラの低いささやき声に、アイーズは背筋が冷たくなる気がする。
ミハール駒を路肩にゆっくりと立ち止まらせ、アイーズは振り返った。
「したいと思っても、しないでね。そういう風にヒヴァラに理術を使われても、わたしは嬉しくないわよ」
この上なく悲しそうなヒヴァラのやぎ顔が、ため息をつく。
「アイーズがそう言うことも、俺わかってるんだ。アイーズは優しいから、あんな嫌なこと言われても仕返しとか考えないんだよね……」
「え~? ばっちり仕返ししたじゃないの。特権証書見せた時の、あの人の顔をヒヴァラも見たでしょ? ふふっ」
『絶対、内心でぎゃふんと言ってましたね!』
『実際ぎゃふん言う人て、俺いまだ会ったことないねんけど』
肩越しに見上げて、アイーズはヒヴァラに笑ってみせた。
「だからね、ヒヴァラ。心配しないで……。わたしはへっちゃらだから。嫌なことに出くわしたんだから、次はいいことが起こるわよ!」
さみしげに微笑したヒヴァラにうなづいてから、再びアイーズはミハール駒の手綱を握りしめる。
「さーあ行くわよ! 先は長いわっ」
曠野の中をゆく道はゆるい上り坂になって、前方にうっすらと森の濃さがたなびくようだった。じきに峠の中へと入っていくはずだ。
路上ほかに人影はなく、見渡す限り家も集落も見えない。白っぽい道が続いているだけのこの地は、イリーの力の及ばない外国なのだ。
「でも、俺はもう。こわれそうなんだ」
口の中で音なくつぶやかれたヒヴァラの言葉は、アイーズの耳にも、カハズ侯にも、ティーナにすら届かない。
それは微風にまぎれ、やがて冷涼な朝の空気に千々にくだけて行った……。




