いじわる騎士に憤慨しちゃうわね!
アイーズは身分証をしまいかけた手で、もう一枚の皮紙を開く。
≪治外法特権≫の証書を、いじわる騎士に向かって突き付けた。
「こういうものもございますの。ご一読ねがえまして?」
アイーズの広げた皮紙を手にすることもなく、壮年テルポシエ騎士は小馬鹿にした目でそれを見た。
しかし次の瞬間、びしびしッ! と凝固状態におちいったらしい。
「テルポシエ騎士の方なら。侯はもちろん、ご存じですわね? アリエ老侯を」
「……」
「わたくしの名前も、きちんと入っていますでしょう。これ以上時間をむだにしたくないので、もう通ってもよろしゅうございますか!」
壮年騎士の表情が、驚愕から憎悪へとうつり変わってゆく。
半ば歯をむきかけるようにして、騎士が何かを言いかけた時。
「どうしました?」
ずっと年輩の騎士が、後方から寄って来てアイーズ達に声をかけた。
「さっきからずいぶん長いこと押し問答していると思ったけど……。お嬢さんたち、何か問題が?」
「ないと思うので、ここを通過したいのですが」
アイーズは、一人目の壮年騎士を完全に振り捨てる形で、年輩騎士に身分証と特権証とを見せた。
「はいはい、有効な特権証ですね。ですがゆめゆめ危険はおかしちゃいけませんよ。よくよく気をつけて、行っていらっしゃい」
「ええ、ありがとうございます」
年輩騎士だけに明るくお礼を言うと、アイーズはさっさとミハール駒にとび乗る。
ヒヴァラを引っぱり上げて、柵の合間をするする通り抜けて行った。態度の悪い騎士の方は、もう見向きもしないで立ち去る。
・ ・ ・
「おい。どうしたよ、そんなに腹を立てることでもないだろうが」
苦虫をかみつぶしたかのように不機嫌な顔の部下の騎士に向かい、年輩の巡回騎士は声をかけた。
「……胸くそ悪いったら、ありゃしねぇ。主任は平気なんですか? 私的な関係だか何だか知らんが……。あんな頭ん中に花畑はやしたような、小娘若僧どもに治外法特権をほいほい付与するなんて。やっぱり高官のやつらは、どうかしている……!!」
「しー、声が高い。誰がどこで聞いてるかわからんぞ? もと≪傍らの騎士≫だった人のやることだ。わけがわからなくても、アリエ老侯のことを悪く言ってはためにならんよ」
「いいや、言いますよ。そうやって高貴族が好き勝手をやる、そのあと始末をするのは結局いつだって、俺たち現場の巡回なんだ。今の小娘だって、じきに北部で痛い目をみるに決まっている。そのまま奥地にでも身売りされちまえばいいんだ。あんな小生意気のでぶは」
「……もう、そこまでにしなさい」
さすがに口調を強くして、年輩騎士は言った。
部下は肩をすくめて、準街道のテルポシエ側へと視線を向ける。
胸の中にうずまく暗い炎が、壮年のテルポシエ巡回騎士をむしばんでいた。
――自分も、高貴族の家に生まれてさえいれば……! こんな辺境で、ばかやよそ者の出入りを見張るだなんて、くだらない仕事をしなくて済んだはずだ。首邑に住んで城勤め、近衛にだってなれただろう。あの儚げな女王に、毎朝両腕いっぱいの花を届けるような仕事ができていたかもしれない!
自分こそ頭の中に花畑を生やしていることに気づかないまま、壮年騎士は不条理を憎み、それに対して長く怒り続けていた。
女王の夫となっている幸運な同年代の男に、女王のそばに侍るすべての人間に。
彼らの得ている輝かしき栄光と特権とに、無条件の惜しみなき妬みを抱いてもう何年も何年も、壮年騎士は自分をさいなんでいた。
嫉妬の炎に焦がされた心が、もともと持っていた優しさをすり減らし、熱をも削って、自身のいのちを衰えさせていると言うことをまるで知らずに。




