きっついパスポートコントロールだわ!
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翌朝。
風はおさまっていた。静かに広がった冷涼な空気の中を、アイーズとヒヴァラは早くに出発する。
北方に向かうテルポシエ準街道に戻って間もなく、検所が見えてきた。オーランとテルポシエの間にあったものより規模の大きい石積み小屋が、二棟建っている。
「さすがに警戒は厳しそうだわ。でもヒヴァラ、大丈夫だからね」
「うん」
街道上に、低い組みやぐらのようなものと柵とが転々と置かれている。草色外套を着たテルポシエ巡回騎士が、その合間に何人も立っていた。
アイーズ達のずっと前を行っていた二騎があったが、彼らは騎士たちに何ら止められていない様子である。遠目にも派手な外套を着ていたから、たぶん北部人なのだろう。自分たちは引っかかるかな、とアイーズは思う。
「……路肩によって、≪かくれみの≫かけるかい? アイーズ」
「どうかしら? わたし達、別にやましいところはないんだし。一度当たってみて難しいようなら、出直すふりして術をかけましょうか」
「そうだね」
ずどーんとした態度で、アイーズは道のまん中から柵に近寄ってゆく。
「はい、そこの黒馬とまってー」
案の定と言うか、やはり止められた。
「イリーの方ですね。この先は北部穀倉地帯となりますが、渡行目的は?」
「私用の旅行です」
アイーズは平らかに答えたつもりだったが、壮年の騎士は眉をひそめた。
「ちょっと下馬して、身分証を提示するように」
やや高圧的な態度で言ってくる。
ミハール駒から降りた二人がその場で身分証を見せると、騎士は唇をひん曲げてアイーズとヒヴァラの顔をじろじろとねめつけてきた。
「ファダンの方ね……」
――ファダンの貴族のかたですのよ。
言ってやりたいところを、アイーズはぐっと抑えた。
恐らくこの騎士は、自分たちのことをテルポシエ平民と思ったのだろう、と推測する。何となく嫌な雲行きだ。
「向こうに、何しに行くのかね?」
「……私用の旅で、人に会いに行くんです」
「ここから先はイリー圏じゃないんだ。ちょいと遊びに行くところじゃないって、知ってるかい?」
「……」
壮年のテルポシエ巡回騎士は、アイーズを見下した。
いや、小柄なアイーズはたいがいの人に物理的に見下ろされるしかない。しかし草色外套を羽織った騎士は、あからさまな侮蔑をこめた上から目線にて、アイーズをばかにしているのだ。
「よくいるんだよね。あんたらみたいな世間知らずの若い子が、ちゃらちゃら踏み入っちゃあ奴隷にされかけて、泣く泣く公館だの親元だのに助けを求めるんだ。世間はそんなに甘かないよ、とっととお帰り」
「あの、侯。わたくしどもの身分証の生年月日、ご覧になりまして?」
頭ごなしに決めつけて言いつのる壮年騎士に、たまりかねてアイーズは言った。
確かに自分とヒヴァラとが、一般基準より若く見えることはアイーズにもわかっている。しかし成年前と勘違いしているにしても、騎士の態度は鼻についた。嫌がらせの域だ。
「……どうせ、北部に行くはっきりした目的なんてないんだろうが。現実逃避するなら、イリー圏内でやんなさい。いいね、ここは通せないよ」
騎士は身分証から、アイーズとヒヴァラの年齢を知ったようだった。
しかしそれまでの上から態度をまったく改めることなく、つっけんどんに皮紙を突き返して、イリー側の準街道にむけあごをしゃくる。
アイーズはため息をつきかけた。しかし後ろにいるヒヴァラの緊張を背中にひしひしと感じる。
ここはこらえて受け流さないと、とアイーズは自分に言い聞かせた。おとなしく引き下がり、ヒヴァラに≪かくれみの≫の術を頼もう……。そのつもりで身分証をしまいかけたアイーズの耳に、たたみかけるような騎士の声が入ってきた。
「ついでに言うとね。国境越えなんて、こういう大事なところでは女はおとなしく口をつぐんで、彼氏に任しときゃいいんだよ? でしゃばっても、良いことなんか何もないんだから。次は気をつけるんだね」
アイーズは身分証をしまいかけたその手で、もう一枚の皮紙を開いて見せずにはいられなくなった。




