≪風刃≫で逆ワープよ!
「ん――ぎゃあああああっっっ」
長い長い長い穴の中を、ヒヴァラに抱えられたアイーズはどこまでも垂直に落ちていった。
ヒヴァラが作り出したらしい青い風が、水を切り裂いてゆく!
その風の進むすぐ後ろを、二人は落ちてゆくのである。
そう、風には色がついていた……。鮮やかな縹色の空気の流れが、暗い水をどんどんかき分けていくのがアイーズにも良く見える。
いったいどこまで落ちるのか、いつまでも続くように思えた落下は、ふいに終わりを迎える。
ばちん!!!
何かと何かが衝突する大きな音に、アイーズが思わず目をつむってから開けた時――。
見覚えのある風景、怪奇のひとかけらもない夜の野の景色が見えた。あの廃村、公共水汲み場だったらしい水たまりのほとりだ。
『あっ……も、戻ってきたのですねー!?』
ヒヴァラの外套頭巾ふちからそうっと顔を出したカハズ侯が、つぶやいた。
「ヒヴァラ、……今の音は何? ばちんって、どこかぶつけたの?」
「うん。俺の長靴底と、地面がぶつかったんだ」
アイーズをゆっくり地面に下ろして立たせながら、ヒヴァラは言った。
びゅうううううん!
まだ風が強い……。アイーズは左手で丸帽を押さえ、右手でヒヴァラの肘あたりをつかむ。
「大丈夫? すごい理術を使ったのね」
「うん。攻撃のひとつで≪風刃≫って言うんだ。ティーナの言うとおりだったよ、理術の杖を使った時みたいにだいぶ威力がでた……! ほんとに力は、貸してなかったんだろ? ティーナ」
『ないでー。いま頭光ってなかったやん? お前だけの力でやったんや』
するっ、とヒヴァラの足元に浮き出たティーナ犬が言った。
「すごいもの、もらったな!」
ヒヴァラはアイーズを見、自分の左手首を見た。
「これでティーナの力を借りなくっても、アイーズのためにどんどん術を使えるぞ」
夜空の弱い明るさの中でも、ヒヴァラが嬉しそうに笑っているのがアイーズにわかった。
それはいかにも屈託のない笑顔、何の憂いもなかった遠い日のヒヴァラそのものにも見えて、アイーズの胸のうちはなぜだかぎゅうっと苦しくなる。
ヒヴァラにそれをさとられたくなくて、アイーズはひょうきん鼻声で言った。
「それじゃあ、ね。さっさと天幕へ帰りましょう……。ゆのみに半分お白湯作ってもらって、寝るわー! もうくたくたよ、わたし」
『そしてこの、怪異まれなる≪迷い家≫探検譚をしめくくるのですね~!!』
「そうだね!」
アイーズとヒヴァラはそっと、水場の水面を見やる。
巨大な岩々に囲まれた水たまりはごく小さく、水位は低くなっていた。底に光るものもない。
もはやその中にとび込むことは不可能だと、誰の目にも明らかなほどに【扉】は小さく、暗くなっていた。




