出たわ! ヒヴァラの壮絶方向おんちネタ
「うん、今ナーラッハが連絡を取ってくれてるけんど。高地の方にいるらしいヒヴァラ君のお兄さんに、話がつながると良いんだがの」
毛深い顔をもしゃもしゃさせて、父バンダイン老侯はヤンシーに答えた。
「連れ去りの時の詳しい事情を、できれば家族の側から明らかにしてもらって。その上でヒヴァラ君があらたにファダン市民籍を作成、独立戸籍となれば、一件落着になるんかいな」
ほんとに父の言う通りなのだが、ヒヴァラの誘拐事件解決は難しそうだ。とりあえずヒヴァラの身が安全になればいいのだけど、実際にはこれから何が起こるかわからない……と、アイーズは豊かな胸のうちで思う。
「……そいつはそうだが。けどプクシュマー郷の近くで襲ってきたやつらってのが、気になんねぇか?」
目を細めて、アイーズの末の兄ヤンシーはいか酢にんじんを噛んだ。どう見ても悪な絵である。
「そいつらは、ヒヴァラの知らねぇ野郎どもだったんだよな? アイーズにはどう見えた。外国人っぽい見かけとか、しゃべり方だったのかよ、ああ?」
「しっかり見て聞いたわけじゃないけど、イリー人だったわよ。軽武装のしかたが、ちょっと流れものの傭兵みたいな感じで」
「ふーん……。どういう筋で、ヒヴァラを追っかけてきたんだかな? 具体的には、どの辺からつけられてたのかわかるか。ああ、ヒヴァラぁ?」
「ええと……。あそこまで近くに追いつかれたことは、初めてだったんです。でもたぶん、おんなし二人の人が……森の中の道から、ずうっと後ろにつけてきてたような。マグ・イーレの境を、こえたあたりだったかなぁ」
ヤンシーとアイーズ、父の目が点になった。(描きやすい)
ぶほんッ、湯のみをかたむけていた母がむせる。
「マグ・イーレから? その先から、歩いてきたって言うの?」
「うん、そう。なんて言うんだっけアイーズ、あの森の中の大っきな道は……?」
驚いて問うアイーズに、ヒヴァラはきょとんとした顔で問い返してくる。
「……山間ブロール街道のことを言うとるんか? ヒヴァラ君は」
アイーズ父の言葉に、ヒヴァラは笑った。
「あー、そうそう。それです、ブロール街道! 修練校の地理で習ったのに、名前をど忘れしちゃってたんだー。そこをたどれたらいいな、って思ったんです。でも結局その道でなくて、もっとせまい道をきたんですけど……」
アイーズは父と、手巾で口元を拭いている母とを見た。
奴隷として閉じ込められていた≪白き沙漠≫の家から、ヒヴァラが一体どうやって脱出してきたのか。それについてこちらから聞くのはもう少し後にしよう、とアイーズ達は決めていたのである。
けれどヒヴァラ自身がその話題に触れるたび、どうも妙なことばかりが明るみに出てくるようだった。
さらわれてティルムンに連れていかれた往路のように、ヒヴァラは定期通商船に乗って海を渡り、イリー都市国家群へと帰って来たはずなのだ。
船に乗った、と言うのだからテルポシエ港へ着いたのはまちがいない。そこから西に向かってファダンへ歩いて来る途中、ヒヴァラはとんでもない規模で迷ってしまったのだろうか?
確かに南の海沿いイリー街道のほかにも、道はあった。テルポシエの北方面からファダン高地には、≪山間ブロール街道≫を通って到達することもできはする。しかしそのブロール街道をだいぶ西に進まなければ、マグ・イーレにはたどり着けないはずなのに。
――うーん。たぶん何か別のことと、勘違いしているわね……。山間ブロール街道の名前どころか、イリー地理も全面的に忘れちゃってるのかもしれない。かわいそうなヒヴァラ……。
そのうち地図を見て確認しながら、教え直してあげようとアイーズは思った。
「おばさん。お粥のおかわりして、いいですかー」
「もちろんいいわよ、ヒヴァ君。て言うかいちいち聞かなくっていいから、自分で好きな分だけとってお上がんなさい。いか酢にんじんもねぇ」
「はーい」
考えるアイーズをよそに、ヒヴァラは屈託なく母と話している。やはり食べている時は心底うれしそうだった。
「ところでアイちゃん。例の書類からは、何ぞわかったんかい?」
気を取り直したらしい。もしゃっと聞く父に、アイーズはうなづいた。