うそでしょ! 暗闇の中に輝く木?
『なんで。嘘やろ、どうして!』
うろたえたように言いながら、ティーナ犬が近寄ってゆく。アイーズとヒヴァラも、それに続いた。
……光りかがやく木。それは本当に、小さな若木だった。
根元につづく幹はそれこそ、アイーズの胴回りくらいにずどーんと太く貫禄がある。しかしいっぱいに伸ばした梢は、いちばん高いところでもヒヴァラの胸に届かなかった。
そして枝には、葉が一枚もついていない。冬の間、全ての葉を落として骨組みのようになってしまった樹々のように。
アイーズが顔を近づけてよく見ると、そのかぼそい枝先は全てがこぶこぶ状になっている。芽吹くところなのかしら、とアイーズは思った。
こんな木は、見たことがない……。光っているのを別にしたって、妙な姿かたちの木だ。
「不思議ね……!」
アイーズは次いで、木の後ろを見てみた。小さな岩くぼみがあって、水たまりになっている。光る木の根は岩盤上の地面に食い込んでいて、本当にそこに根付いているようだった。
どっしりとした根の間から、水がしみ出して水たまりに流れ込んでいる。それがさらさらとした流れになって、先ほどくぐってきた大きな水たまりに注ぎ込んでいるらしい。この木の真下に水源があるのだろうか。
アイーズが周りを見回してみても、あとは若い鍾乳石がふつふつと残りの空間いっぱいにあふれているだけだ。ここは突き当りらしかった。
光の差し込む岩盤の切れ目や、風の入り込む隙間は、洞窟の中に見当たらない。こんな場所で、この木はどうやって生き延びているのだろう?
『アイーズ嬢、ヒヴァラ君。大変なことになりましたよ、これは!』
しょっぱい声を震わせて、カハズ侯が言った。
『そうとは知らずに迷い込んだ謎の場所にて、光る木と遭遇するだなんて……。あの≪岬の集落≫でシャーレイ奥様が話して下すった物語と、まるっきり同じではありませんかッッ!』
「うん……、たしかに光る木っていったらそうだ。けどかえるさん、あの話の中で男の人は大きな木のうろに入っていったんじゃなかったっけ?」
「それにここ、≪岬の集落≫とはずいぶん離れているわよ?」
ヒヴァラもアイーズも、カハズ侯と同じことを考えてはいた。
しかし物語がこんな風に現実にあらわれてくるなんて、と二人はいぶかしまずにいられないのである。
『いえいえいえ、これはほんとの本当に、あの話に出てきた木だとわたくしは思いますよ! ≪迷い家≫と光る木の話は、テルポシエ東辺境にごまんと伝わっている、とシャーレイ奥様はおっしゃってましたし。わたくしも書物でいくつか別の話を読みましたから、わかるのです』
「……」
言葉に詰まってしまったアイーズとヒヴァラを前に、怪奇かえる男は古典的な外套袖をふりるう、と振って劇的に両腕をひろげた。
『おそらく、ここへいたるまでの扉は何でもありなのです。場所や状況にあわせて、光る木は迷える人々をみずからの≪迷い家≫へと導いている……! 奥様の物語の中で扉は樫の古木のうろであり、ヒヴァラ君の場合は泉の水だった。しかし数多の扉を通して呼び招いたのは、同一の光る木ッ! おお実に摩訶不思議なり、迷い家のぬし!!』
最後は叙事詩でも吟じる風に、カハズ・ナ・ロスカーンは格調たかく言い切った。
そのみやびな足元を、もさもさした赤毛のかたまりティーナ犬が体当たりで押しのける。ぐい!
『あう、何です? ティーナ御仁ってば』
『かわずの言うてるまかふしぎは、置いとくとしてな? えらいこっちゃやぞ、皆。この木何の樹、て気にならへんか』
「ええ、なるわね? 気になる木よ」
「何か知ってるの。ティーナ」
『知ってるも何も、これ聖樹や。赤子の聖樹としか、思われへんわッ』




