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謎の鍾乳洞にワープしちゃったわ!?

・ ・ ・ ・ ・



「ぶっはーッッ!?」



 いきなり、ぎゅいん! と上向きに持ち上げられて、アイーズは思いっきり息を吸い込んだ。


 と同時に水も吸ってしまって、激しくせき込む。



「げほげふぉッッ」


「アイーズ、大丈夫かいっ!? あっ、ぼうしー!」



 水面に浮かんだアイーズを背中から抱え上げるようにして、ヒヴァラが叫んでいる。叫ぶと同時、水中に沈みかけていた丸帽をばしッとつかむ。短い赫髪(あかがみ)をらんらんと燃やし輝かせて、ヒヴァラは理術を使っているようだった。



「だだだ大丈夫――って、あれぇ!? いきなり足がついてる、何でよッ」



 ヒヴァラの髪に照らされて、自分たちの腰くらいまでが浸かっている、その澄んだ水底の浅さがアイーズによく見えた。



『ヒヴァラ君! あちらに岸がありますよッ』



 脇の方からアイーズを支えていたカハズ侯が、声を上げる。


 怪奇かえる男にも、さっぱり状況がのみこめていなかった。


 二人がぼちゃんと水中に落ち込んだ時、彼はついに自分の出番が来たと思ったのである。ただちに後を追って水にとびこみ、得意の平泳ぎで垂直にもぐり込むと、二人を救出すべくヒヴァラの外套袖をつかんだ。……が、そこで感覚がおかしくなったのである。



『わたくし、確かに下方向へむかってましたのにー!!』



 岩盤のような岸辺にあがり、ヒヴァラは即座に≪乾あらい≫の理術を行使した。もわん、とやさしい乾風が二人の全身を包んでまわる。ずぶ濡れ状態から一転してほかほかと温かくなり、アイーズはようやく助かったと感じた。



『なのにいきなり、上向き・・・にざぶんと出ちゃったのです!』


「だよね、かえるさん!? 俺もなんだ……、誰かに呼ばれてるような気がして。ちょっと身をのりだしたら、きゅうにぐいっと下向きひっぱられる感じで落ちたのに……!」


『一体どこなのでしょう、ここはッ!?』



 革手袋をはめた両手を優雅に揉みしだいて、怪奇かえる男は動転している。


 その手をきゅうっと優しく押さえて、アイーズは言った。



「……ここは地下鍾乳洞よ。大丈夫だから、皆おちついて」


「『えっ!!』」



 ヒヴァラとカハズ侯は同時に声を上げ、見上げるアイーズの視線を追う。


 そこは確かに、岩の洞だった。ぼこぼこと波うつような突起で、天井がいっぱいに覆われているのがわかる。



『しょう、にゅう、どう~』



 姿の見えないティーナの声が流れる。



『なに、これ……。天井崩れかけなんか。危ないん? 蜂蜜はちみっちゃん』


「そういうわけじゃないのよ。長い時間をかけて、下向きに石が育つ場所なの。ここは」


「初めて見たなあ。変てこなところだ……!」


『わ、わたくしも! 本で読んだことはありましたけれど、こんな風だなんて想像もつきませんでした』



 皆が口々に言いながら驚いている中で、アイーズはずっと昔に見た鍾乳洞のことを思い出す。


 十代の頃、家族と一緒にイリー最西端の国・デリアドまで旅行したことがあった。観光地として公開されているそこの小さな鍾乳洞に入って、圧倒された時の記憶がアイーズの脳裏によみがえる。湿気を帯びてにぶく光る根のような石、床部分にまで到達し柱のようになったもの、石けん泡のような若い鍾乳石のかたまり……。


 ここも同様、奇景としか言いようがない。アイーズには美しいとも、みにくいとも判別がつかなかった。



「ね、ヒヴァラ。髪の毛のあかり、ちょっと消してもらっていい? 頭巾を深くかぶるのでもいいわ」


「え? いいけど」



 やぎ顔をちょっとかしげてから、ヒヴァラはふいと頭巾をひっかけた。



「あれっ」


『真っ暗闇では、ありませんね?』



 洞窟の中には、ごく弱い白い光が満ちていた。水辺を背に、奥に伸びているらしい横穴の先になにか光源があって、その光がつやつやとした鍾乳石の表面に無数に照り返しているのだ。


 さらに、ごく小さくさらさらと水の流れる音もする。はたして、壁ぎわを伝う細い水流があった。鍾乳石のあいまを流れているからわかりにくかったが、これが静かに水たまりへと注ぎ込んでいるらしい。



「空気の動きを微妙に感じるし、どこかに出口がありそうね。この水流と、光をたどって行ってみましょう」


「探検だなんて、なんか怖いなあ。危険なけものとか、おばけがいないかな」



 再びあかく輝く髪をさらけ出して、そろそろ歩き出したヒヴァラはおっかなびっくりの様子である。そこまで狭い洞窟ではないが、アイーズの横よりも後ろを歩きたがっていた。



『ようし。俺が先行したる』



 ふわっと現れ出たティーナ犬、危険なおばけそのものである精霊はふりふり豊かな尻尾を振って、進み始めた。



『わ、わたくしはしんがりで見張りますッ』



 さらなる怪異が起こるのでは、と不安いっぱい。怪異そのものであるかえる男も、ヒヴァラの背後に身を寄せて浮いてゆく。


 この横穴が一体どこへ続いているのか、そもそも外へ出られるのかと言う不安になる疑問は、さしてアイーズをさいなまなかった。むしろ気になるのは、どうしてこんなところへ来ちゃったのか、という点である。



――ヒヴァラは呼ばれて引っぱられた、と言ったけど……。誰に、何のために?



『お、まがり角や』



 左に曲がり込む形で横穴が折れている。底からの光は一段と強くなっていた。


 そこに何かがあるな、と豊かな胸のうちで感じつつ、アイーズが左側へと足を踏み出した時。



『ひゃ――っっっ』



 今まで聞いたこともない、すっとんきょうな調子でティーナが叫んだ。


 突如、アイーズの視界にもやわらかな白い光が満ちる。


 思わずアイーズの背後にまわってしまったヒヴァラ、そのまた背中に引っ付いたカハズ侯が、おそるおそる前方を見やった。



「ええっ……。木……??」



 根元と幹と枝こずえをにぶく光らせて、……白い木がそこにたたずんでいた。



〇 〇 〇


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