ヒヴァラ、ヤン兄に憧れちゃだめよ~??
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北方へと伸びるテルポシエ準街道に、人の通りはぽつぽつと絶え間なかった。
行き過ぎるのはたいてい地元の農家や商人だが、時たま北部人に追い越されるときもある。
ヒヴァラに御してもらっているのを良いことに、アイーズはそういった人々の姿をそっと観察した。
北部人は概してわかりやすい見かけをしている。東部大半島のブリージ系住民と同様、暗色の髪をしているのもそうだが、たいてい派手な外套や上衣を着ているのだ。とにかくぱりっと目立つ色味のもの、壮年中年の男性でも鮮やかな暖色系の衣を着ている。さらに大柄の動植物、花柄格子柄のもようが入って、みな主張があった。
対してイリー人の外套と言うのは暗めの無地ものが多いから、一見するだけで見分けはつく。そして北部女性の姿を全く見ないため、この派手趣味が男女共通なのかどうかはアイーズにはわからなかった。
「……北の人のうわっぱりって、すごい派手だよねぇ」
アイーズと同じことを考えていたらしい。ヒヴァラの声が聞こえてくる。
「ヤンシーお兄さんの、外套の内側みたいだ……!」
元不良兄のねたが出て、アイーズはぶはっと噴きながら前につんのめりかけた。
「ヤンシーのあの特攻外套は、ファダン大市魂の流水紋なのよ。あんまり派手で人目をひき過ぎるから、おもて地を裏にひっくり返して着てるんですって」
「そうなの? 表に着たとこのお兄さん、見てみたいなぁ……。きっとむちゃくちゃ、かっこいいに違いない」
「あのねえ、ヒヴァラ。……ヤンシーに憧れちゃだめって言ったの、おぼえてる~?」
ふいとアイーズが振り向けば、ヒヴァラはぎくりときまり悪そうに苦笑している。
「わかってるんだけど。あのくらい突き抜けた感じにならないと、アイーズの彼氏には役不足だと思うんだな」
つまりヒヴァラの認識において、自分は流水紋外套なみに突き抜けているのだろうか……。それってどんなの、とアイーズは一瞬首をかしげたくなった。
『そそそそうでしょうかね! 末のお兄さまはだいぶ、アイーズ嬢とは印象ちがうと思いましたけれども~? ほら、それもあってわたくし! ファダンの手前で、よもやお兄さまと見抜けなかったのですし~~!』
アイーズの沈黙をくみ取ったのか。気遣いのできる精霊カハズ侯が、見えないままにけろけろとヒヴァラの肩あたりで言っている。
「……そのまんまの君で、ヒヴァラはばっちりはまり役なのよ」
ふふ、と笑いつつアイーズは言った。前を向いたまま言ったから、ヒヴァラの表情はわからない。
「と言うか、ああいうど派手刺繍のうわっぱりを着たヒヴァラの方が、想像できないかな。その砂色外套がいちご金髪にけっこう似合っているし、今のまんまでいいんじゃないの~!」
――そういう君が、わたしは好い!
明るく言ってしまいたかったが、アイーズはこらえた。呪いが解けるまでは何も言わないでと頼んだヒヴァラの想いを、尊重したかったから。
「……そっかー」
ひくい答えが返ってくる。
その後しばらく長いこと、二人は何も言わなかった。道の先にある、北方向だけを見つめて進む。




