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自信満々、準備万端の旅立ちなんてないのよ!

 

 東市門を出た後、しばらく行くと幅広い道に合流した。


 テルポシエが終着点であるイリー街道は、ここで終わっている。


 そのまま東へ伸びているのは、先日の≪岬の集落≫へと続く田舎道。もうひとつ、分岐点から北向きに行く広い方の道が、テルポシエの準街道である。これが北部穀倉地帯へと直につながっているのだ。


 北へ向かって並行している田舎道は東西にいくつもあるのだが、アイーズは堂々の正道をゆくつもりでいた。



「日中進む分には、なるべく人目の多いところがいいわ。万一あやしいのがついてくるなら、ヒヴァラは即≪かくれみの≫を使うのよ!」


「うん」


「そしてティーナにカハズ侯、頼りにしてるわねー!」



 黒馬の頭を北に向け、アイーズは真剣はな声で低く言ったのだが、答える声がヒヴァラだけである。



「……? カハズ侯、近くにいてくれてるのよね?」


『え、ええ……』


「どうかしたのかい、かえるさん? 何だかゆうべから、姿をずーっと消してばっかりだし。元気ないんじゃないの?」



 ヒヴァラがたずねているが、その通り。精霊ふたりは、なんだか様子がおかしかった。


 ティーナがヒヴァラから離れるわけはないのだが、気配も声も出さずにいる。やたら静かだ。



「調子が悪いのなら、遠慮せずに言ってちょうだいね。カハズ侯?」


『あ~……いえ。わたくし精霊ですし、体調不良などはもうないのです……。けどね、そのう。やはりイリー諸国の外に出るということで、緊張しちゃってまして。ねぇ、ティーナ御仁??』


『そうそう、そうやねーん。びびっとるんよ、年がいもなくな~』


「……? ティルムンから俺にくっついて、ひょいひょい出てきたくせに。何言ってんのティーナは?」


「まあまあ、ヒヴァラ。ふたりの言ってることは当然よ、わたしだって内心ではびびりまくりなのよ~!」



 ふ~、声だけ聞こえる二精霊は、軽くため息をついたらしかった。



「とにかく。今日は今日の分、がんばって北へ進みましょう!」



 黒馬上のアイーズとヒヴァラの前には、なだらかな緑の丘陵が連綿と広がっている。


 これを越えていくとやがて峠に至るはずだ。そこはテルポシエでも北部穀倉地帯でもない、いわば二つの文明の緩衝地帯である。そこからをイリー圏外と認識し、今日中になんとか踏み込みたいとアイーズは考えていた。


 テルポシエ境界線からさほど遠くないところで一泊し、うまく行けば三日で目的地に到達できるかもしれない、とアイーズは目論んでいる。朝一番にテルポシエ東区の商家で買い求めた北部穀倉地帯の広域詳細地図によれば、≪ユーレディ≫の町へはこの北方テルポシエ準街道から直通の道沿いに行けるはずなのだ。


 二人を北部へ呼び寄せようとした、あの謎の男が待ち合わせに指定している小さな集落、および裏布記載の農家の所在地も、その近くとみられる。


 ヒヴァラはじっと見ておぼえてしまっていたが、今回アイーズは自分のためにこの地図を購入した。慣れ親しんで、大まかな地理が把握できているイリー諸国とは違う。北部穀倉地帯は二人にとって、ほんものの異郷なのだから。



――でも、そんな右も左もわからないところで。本当にひと一人、助けられるのかしら……?



 ちょっと気を緩めると、アイーズの豊かな胸のうちですぐに不安が頭をもたげてくる。


 ふんッ、鼻から息を短くついて、アイーズはそれを吹っ飛ばした。



――挑む前から、びびってはだめよ! ヒヴァラの理術、ティーナとカハズ侯を信じて! その時その都度の最善をつくそうッッ。



「……そろそろ一刻かしらね! ヒヴァラ、運転交代っ」


「よしきた」



 左右ににゅうと伸びたヒヴァラの手にミハールごまの手綱をあずけ、アイーズはしだいに濃くなってきた前方の森を見据える。



――わたしはヒヴァラを頼りにしてる。手綱を預けられるようになったヒヴァラが、うしろにいるのよ。……やってやれないことは、何もないわッ!



「♪ルルッピ!」


「♪ドゥ~」


『……また言うとる、それ。元ねた一体、何なん?』



 そろそろだんまりにも飽きたとみえる。見えないティーナが、そろりと問うてきた。



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