見る気でみれば、虹はどこにでもかかるわ!
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翌朝。
九つの時鐘をききながら、アイーズとヒヴァラはテルポシエ東市門を出かける。
「ファダンのうちと、アンドール兄ちゃんのところへお便りを送ったし。北部穀倉地帯の詳細地図も買ったわ……。例の証書と身分証も、しっかり持ってる。準備いいわね、ヒヴァラ?」
ミハール駒の手綱を引きつつ、アイーズはヒヴァラを見上げる。
「うん。昨日の乾物いろいろがあるし、ぱん屋にて日持ちするぱんも調達した。俺がたべるからにはあんまし日もちは問題にならない気がするけど、とにかく準備はできたんだ」
やわらかやぎ顔を一応ひきしめて、ヒヴァラもアイーズにうなづく。
「よーし。それじゃ行くわよ、ルルッピ!」
アイーズは勢いよく両手をかけて、ミハール駒の背に跳び乗る。
「ドゥー!」
後ろにひょろん、とヒヴァラが乗った。
いつも通りだぜ、という調子でたくましい黒馬は歩き出す。
うすい水色の空は明るい。昨日の雨を含んで、やわらかく湿ったテルポシエ周辺の野の緑は穏やかに輝いていた。
ヒヴァラがそっと振り返ると、その緑の草の海の中に、今日も白亜の城塞都市テルポシエが島のように浮いている。
「……結局、虹は見ないままだったな。雨にはあったのにね」
「あ、ほんとだわ」
ヒヴァラのつぶやきに残念さがまぎれこんでいるのを感じて、アイーズも首をかしげた。
確かに虹は幸運のしるし、これからの旅が不安なものであるだけに、できれば見ておきたかった。一時だけ空にかかる七色の橋……その足元の地面を掘れば、宝物が見つかると言われている。
「……いえ。ちょっと別ものだけど……、昨日の夜、わたし達たしかに虹を見たわよ!」
「えっ」
さっと振り返ったアイーズの瞳が、ヒヴァラに向かってぴかぴかっときらめいた。
「アリエ老侯の髪の毛、見たでしょう? 金髪でも赫毛でもなくって、その中間が段々になってるような、すっごく不思議なちりちり髪だったじゃないの。わたしには、ちょうど虹みたいに見えたわ!」
ヒヴァラはその目を、小さな点とした……。
「……言われてみれば、そんな気もする」
「でしょう。と言うわけで、あれも虹の一種とみなします! どっちみちわたし達は、幸運強運ぶっちぎりにまっしぐらよ!」
「なるほどそうか、強引にでも運を自分にひっつけてゆく様式……さすが軍曹だ」
素で感心してから、ヒヴァラはもう一度くるりと後ろを振り返った。
その時何か大きなもの……力強く、しかし温かくて優しいものが、頭のあたりをかすめたような感触をおぼえる。気のせいだろうか? ふたりの背後には、白いテルポシエ城壁が遠くなりつつある。
「また戻ってこよう。テルポシエに……イリーに」
「ええ。必ずイリーに戻るわよ! 君のお父さんを連れて、ね」
きらきら双眸を輝かして前方を見るアイーズ、その後ろでやぎ顔を引きしめうなづいているヒヴァラには、見えず聞こえず……わからないままだった。
しかし、彼ら二人とミハール駒のはるか後方。
テルポシエ東市門の上空で、力強き一対のつばさをはばたかせている黒羽の女神は、小さくなる黒馬の姿をじっと見つめて祝福をおくっていた。
――そうよ。必ず帰っていらっしゃい、わたしの大切なイリーの子ら。




