女神と騎士は、あなた達を見守っているわ
「どうしたんです、黒羽ちゃん!」
抱きつかれても、ミルドレにその感覚はない。
奇特な血筋のテルポシエ貴族ミルドレ・ナ・アリエ老侯は、【黒羽の女神】とふかーく想いあっていた。しかし彼はその歌声を通してでしか、女神に触れることはできないのだ。
けれどさすがにこの状況では、鼻歌をうたうのもはばかられる……。ミルドレはうろたえつつ、女神にたずね聞くしかなかった。
「あの男の子……ヒヴァラ君のことが、何か悲しいのですか~??」
――ええ、悲しいのよ。あの男の子……呪われ彼氏は、あなたによく似てる。ずうっと前の、あなたに似てる。
『うん……。実際に会ってみて、わかったの。ずいぶんいろんなことをかくしているけど……。あの男の子が本当になんとかしなくちゃいけないのは、おみやびな友達でもべらんめえ精霊でもないわ。その先にある、【自分で自分にかけてる呪い】を、何とか解かなくっちゃだめなのよ……』
「うらららら!? 自分への呪いですって??」
『呪われ彼氏は、ふかふかちゃんを想ってる。あんまり深く想いすぎて、そのせいで全てを恨みつらっているのよ』
「黒羽ちゃん……。おろかなるミルドレにはわかりません、どういうことなんです??」
うなづきながら身を離して、女神は老騎士を見上げた。
『うん、わたしも感覚で話しているだけなんだけど……。呪われ彼氏は、自分では気づけていないのよ。気づくまでが長いし、気づいても乗り越えられるかどうかはわからない。それでも、自分でかけた呪いは自分で解くしかないんだわ』
今のあなたがとうとう乗り越えつつあるように、と声に出さずに言って女神は微笑した。
『まあ、わたし達としてはできる限りのことをしたわけだし。あとは呪われ彼氏とふかふかちゃんを、信じて待つことしかできないわね。でもきっと大丈夫よ、あの二人なら』
「そうですね! 信じて待つのも、女神と騎士の役目のうちですね」
わけのわからない方向へ流された気もするが、とにかく黒羽の女神が再び笑ったのを見て、おじい騎士も気を取り直す。
「それじゃお供え騎士のミルドレとしては、お花湯でもこさえましょうかねー。お湯も沸いているし……。 ♪♪俺はイリーの土地うまれ~~♪♪」
『かみつれ湯がいいなー』
♪持参金なんざ要らないさ 俺は豊かだ きみがいるなら
♪イーレにいい土地もってるし ファダンの谷間の両側だって
老騎士の喉から流れる穏やか朗らかな歌が、蜜蝋の炎を盛り立てて、廊下がぱっと明るくなるようだった。
まるく開けたミルドレの腕に、女神の手がすぽりとはまる。台所に向かって歩きつつ、老騎士は今度はちゃんと、小さな手の重さを感じていた。
「♪シーエの地主なんだって 信じないかなあ~~~♪♪ ……ところで黒羽ちゃん。あの二人はあなたのこと、まったく見えも聞こえもしてませんでしたけど」
『そうねー、残念』
「……でも、一緒にいたふたつの精霊には見えていたんじゃないですか? 私がイリー守護神と同棲してるってこと、バンダイン嬢たちに話してばれちゃうかもしれませんねぇ!」
心配するより、むしろそうなってほしそうな表情のおじい騎士である。
『あ~、それなら大丈夫よ! わたしのことを他の人に話したら、超絶ど級のばちをあてて木っ端みじんこに滅ぼすからね、って精霊たちに言っておいたわ』
どや顔で言った女神に、ミルドレはのほほんと笑顔をむけた。
「さっすが黒羽ちゃん! すてきにイリー世界の裏番長なんだから。ミルドレはおじいになっても、惚れなおしっぱなしですよー」




