ヤン兄ヤンシー登場よ!
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「でぇー。お前ぇのために、うちの妹の縁談がおじゃんになったっつう話は、ほんとなんか? ええ、ごるぁー?」
その日のバンダイン家・夕食時。
台所の食卓で、アイーズの≪末の兄≫にどすどすからまれるように話されて、麦粥の椀を前にヒヴァラは固まってしまった。
「しかも向こうさまは、とんでもねぇ勘違ぇをしたとゆう」
「ちょっと、ヤンシー。あんまりこわい風に言わないであげてよ! ヒヴァラがすくんじゃってるじゃないの」
ヒヴァラのお椀に、いか酢にんじんをどばっとよそってやりつつ、アイーズは兄に文句を言った。
「ヒヴァラは、すっごく大変な思いをしてきたんだからねっ?」
「あああああ? 縁談まとめてこぎつけんのも、すっげえ大変なんだぞ、ごるぁ? そうでねぇのか、父ちゃん母ちゃん」
アイーズと全く同じ色、ぴかぴか銅貨みたいな鳶色短髪のくっついた頭をぐるりと回して、末の兄ことヤンシー・ナ・バンダインは言った。
父親によく似た、いかつい身体つきに角ばった顔つき。しかしどうみてもこわい、とヒヴァラは思う。
「アイちゃんの縁談すすめるのに、あんたは何もしなかったじゃないの。べつにヒヴァ君のせいでなし、薄いご縁だったってことですよ」
「んだんだ。と言うより、はっきり決まる前の今の段階でご破算になって、良かったと思うがのー」
母と父とが、ずいずい言葉を継いでゆく。
きょうだいの中で誰よりも地元下町に溶け込み、ぐれかけてから巡回騎士となった末の兄のヤンシーは、はたから見ればびっくりするほどがらが悪い。
「アイーズ、お前ぇはどうなんだよ? ごるぁ。あんな上玉に逃げられて、あとできゃんきゃん悔し泣きした日にゃあ、目もあてらんねぇぞッ」
「しないわよッ。て言うか男の人に上玉とか使わないでしょ、ふつうッ」
「あああ、何言ってんだぁ? もともと自然に玉が備わってる我々男にこそ、使って上等ってもんだろが? ごるぁ」
「おーだーまーりッッッ」
母の声が低くとどろいた!
ひげを揺らしてもそもそ自然体のバンダイン老侯、けはいを全面的に消して影になろうと努力しているヒヴァラ。ふたりの咀嚼音だけが、静かに続く。
「仮にも貴族のうちで、そういうことは食卓の話題にのせちゃいけません……。けど、アイちゃん」
どすのきいた声で食卓を一喝してから、母はすーっとアイーズを見据えた。
「やっぱりはっきり、お母さん聞いとこう。ノルディーンさんとの婚約は、やめにして本当に良かったのね?」
「はい」
ふあん、と鳶色髪を揺らして、アイーズはうなづいた。
「きらきらきれいな外見にだまされてました。手のひらを返したら、薄情で高飛車で陰湿で傲慢で、あそこまで上から目線で人の話が聞けない方だと思いもしなかったわ。あんな人と一緒に生きていくなんて、まっぴらごめんです」
「だ~よ~な~!! 俺も前々から、そう思ってたんよ!」
末の兄ヤンシーが、ぱかっと破顔する。ヒヴァラは両手に持っていたお椀を、取り落としそうになった。
「父親も息子も、宮城勤めの優秀いいとこ高貴族ってなぁ認めるがよ? お上品すぎて、俺ぁどうにもむしが好かんかったんだ。あー良かった、むしろいい頃合で出てきてくれて、ありがとよー! ヒヴァラぁ?」
「は、はあ」
ヤンシーにいかつい笑顔をむけられて、ヒヴァラは胸の中が冷やひやする!
「だよねえ。アイちゃんはもっとこう、ざっくばらんなお家の方がむいているのよ……。どれ、明日にでも結納金四分の一を送り返して来よう。向こうさんもちゃんと、持参金を返してくれるといいけどね」
アイーズ母に手で示され、ヒヴァラはいか酢にんじんの壺を持ち上げて渡す。
「つーかよぅ。大昔の友達の危機だったんだろ? かさばる身体を張って友達を守るたぁ、さすが俺らの妹だ。偉いぞ、それでこそアイーズだ。ごるぁ」
「ヤンシーも、わりと手のひら返すの早いわね」
白湯を飲みつつ、アイーズはじとッと兄を見る。
「そいで父ちゃん、ヒヴァラの誘拐事件はどういう方向に始末つけんだ? 俺もなんか、手伝うかよ」
下っぱの平役ではあるが、一応これでヤンシーも北町詰所の巡回騎士なのである。
末の兄はまじめな顔になって、父とアイーズの顔を見た。