乾物屋『紅てがら』姉弟がそっくりだわ!
半分開いたままの扉をくぐると、何をどうしたって笑顔になるしかないような光景が広がっていた。
広い店ではない。けれど天井までくっつきそうな高い棚が両側にあって、ところ狭しと食料品が詰まっているのである。
店の真ん中には、数人の客がつくる列いっぽん。
その終点、長台にいるきれいな若い女将さんが秤で品物を量っては、目のさめるようなてきぱき手つきで布包みにしていく。
「はい、杣花の蜂蜜ひとびん! それにマグ・イーレあら塩、半杯分ですね」
きりっとよく通る声まで、いなせに素敵な若女将さんだ!
きゅーっと砂色外套の肘あたりを引っぱって、アイーズはヒヴァラにささやいた。
「ヒヴァラっ、ここ乾物屋さんよ! しょっぱいのと甘いのと、何か買っていこうかッ?」
「うんっ」
「それじゃ君のとんでも視力で、良さそうなものを見つけてちょうだい」
「わかった……はッ、ファダンにぼしの徳用袋がある!? かみかみ黒梅と蜂蜜あめもすんごいおいしそうだ、どうしよう!」
「どうしようって、買うのよッ」
列の最後尾で順番を待つ間、二人はわくわくしながら店内を眺めていた。
香湯の材料に各種の調味料、香料香草。保存食のびんや壺、干しくだものに乾燥海産物……。ついでに手軟膏や扁桃油など、肌のお手入れ品まできれいに並んでいる。こんなに品ぞろえの良い乾物屋は、ファダンでもガーティンローでも見たことがない、とアイーズは思う。
「ああ、お土産ですか。そいじゃ、ちゃちゃっとのしを書いてきましょ」
「本当にすまんねぇ、マリエルさん。急におよばれしてゆくことになったもんだから」
「いえいえ、よござんすよ。……ナイアル、ちょいとここ頼むよ?」
「へーい」
アイーズたちの前にいた男性客は、贈答品を頼んだらしい。ぱらっと大きな眼に太い眉、明るい金髪をきりっと高く結って紅色のてがらを飾った女将さんは、長台裏の戸口から出てゆく。
男性客は、棚のほうにずれて待つ気らしい。アイーズたちに長台前の場をゆずった。
「そいでは先にこちらのお客さま、いらっしゃいまし、……!!!」
女将さんの弟だろうか。
そっくりのぎょろ目に極太まゆ毛の男の子が、笑顔でアイーズを見、ヒヴァラを見て……びしーッっとかたまった。
「……まいど、紅てがらでございます~。何を差し上げましょうかぁぁぁ」
年のころは十二かそこいら。いっちょ前に店のお仕着せ前掛けをしめ、つんつん短い金髪をきらめかしている。
その子はぶるーッッとと震えそうなお腹に、ここ一番の気合をこめて耐えた。耐えつつ板についたお店言葉、およびお店者の笑顔で二人に対応しているのだが……。
徳用にぼし袋に気を取られまくっているアイーズとヒヴァラには、それがさっぱりわからない。
「あーっ、おやつするめもあるわ~? もちろんファダン産よ、これもくださーい」
「アイーズ、炒りくるみもちょっといい~??」
店内には、のし書き待ちの男性がいるだけ。他に待つ客がいないのを良いことに、二人は少年にいくつも小さな布包みをこしらえてもらった。少年が背中に冷や汗を流していることなど、もちろんアイーズ達は気づかない。
「あのう~。もしやお客さまは、ファダンからお越しでしょうかぁぁ」
おつりを渡し、様々な包みをヒヴァラの麻袋に入れるのを手伝いながら、乾物屋の少年は蒼白な面持ちでアイーズに聞いた。
「ええ、そうなのよ! やっぱりするめ好きでわかっちゃうかしら?」
ごきげんゆえに、弾んだ声でアイーズは答えた。
「……はい。あ~の~……、 桃のつけものは、お好きですか~」
「好いわねぇぇぇ!」
「好いよねぇぇぇ!」
「……期限まぢかのがありますんで……。よかったらこれ、めしあがってくださ~い」
ぱぁーっっっ!!!
小さな壺を少年に差し出されて、アイーズの瞳に星が飛び、ヒヴァラの頬に赤みがさした。
「嬉しいわ、いいのー?」
「はい……。お早めに、召し上がってくださいまし……」
対する少年の顔は蒼白を通り越し、みどり色に近づきつつある。
しかしアイーズの脳内は桃のつけものに完全制覇されていた。少年が頬いっぱいに浮かべたにきびについても、とってもかわいいなとしか思わない。
「ありがとう、本当にありがとう!」
思いがけないおまけの贈り物の幸運に、アイーズとヒヴァラはしあわせに満ちみちて乾物屋≪紅てがら≫をあとにした。
桃のつけものは、ファダンの特別なごちそう甘味だ。若い桃の実を甘く蜜に漬け、ぶどう葉の塩漬けでくるみ、さらに二度漬けしたものである。
「ずいぶん良心的な値段のお店だったのに、おまけまでもらっちゃったわ。やっぱり下町っていいわね~!」
「あー、にぼし楽しみ。するめ楽しみ」
ルルッピドゥ♪ と弾む足どりにて、アイーズとヒヴァラは石だたみの路地をのしのしひょろひょろ、歩いて行った。
・ ・ ・
「……おやっ!? ちょっとナイアル、どうしたの。頬っぺたいっぱいに、ぶつぶつが浮いちまってるじゃないか!」
手土産品ののしを書き終え、男性客を見送った≪紅てがら≫若おかみのマリエルは、翠の双眸をぐわッと開けて、弟の顔をのぞき込んだ。
「何かあったのかいッ?」
「あったも何も、姉ちゃん……」
へたばりそうに長台に両手を貼りつけて、ナイアル少年はうめく。
「最後の客の兄ちゃん、精霊に取りつかれてたんだ! しかも、一体どころか二体だぞ!? あああ、おっそろしくて俺の妖精じんましんが……かゆいいいい」
ぎょろーん!! 姉そっくりのぎょろ目を見開いて、ナイアルは身震いする。
「ひとつは小っさい感じだったがよ、もう片方はとんでもねえ級のどでかいやつ! 死んだ祖母ちゃんの教えに従って、桃のつけものお供えにあげたんだがよう……。ううう、どうか俺っちに呪いのとばっちりが来ませんように!! 黒羽の女神さまぁー」
一般人より様々なものを見やすく感じやすい少年は、ふたたび背中に悪寒を感じて、ぞぞぞ……と身ぶるいを続けていた。




