サスペンス・ママの貫禄ある推理!
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夕暮れどき。
アイーズとヒヴァラは、北町のバンダイン家に戻ってきていた。
居間の大きな卓子に養生布をひろげて、アイーズはその上に旧ファートリ家から出てきたティルムン語書類を並べる。
椅子にかけてじっくり読み進めているところに、母がのしのしとやって来た。
「ヒヴァ君。あなたの外套、穴ぼこだけふさいだのだけど~」
「あっ、ありがとうございます!」
ティルムン語の解読はできなくとも、と書類の並べ替えを手伝っていたヒヴァラが母に寄って行く。
ヒヴァラの着ていた砂色外套は、見かけはきれいに汚れやしみもないのだが、ずいぶん古びてここかしこに穴や裂き傷があった。手先の器用なアイーズの母が、その辺をふさいでくれたのである。
「ずいぶんきれいに使ってるのね。時々、丸洗いとかしてるの?」
「え、ええ。はい……」
たたんだ外套を受け取るヒヴァラの答えが、微妙にぎこちないのにアイーズは気づかない。
「これは向こうの、沙漠の家であてがわれたものなの?」
「うーんと。まあ、そうなんです」
しかし母のからみ方も、微妙にこまかい。
座ったままのアイーズが書類から顔を上げると、母は口元をぎゅーとすぼめ、いつも以上にしわしわにしている。すっぱいものでも食べたのだろうか。
「まんず、お母さん気になったのよ……アイちゃん。こまかいことなんだけど」
「何が?」
「ヒヴァ君の外套の生地。お母さんも主婦歴と被服歴ながいけど、まんずこんなの見たことがないんだわ」
アイーズは立ち上がって、ひょろんと立ちつくすヒヴァラの手中、たたまれた外套に触れる。
「やぎの毛織じゃないの?」
「にしちゃあ、軽すぎるわよ。これだけ目が詰まってて、柔らかいんだもの。山羊でも羊でも、もっとぐっと重くなるはずなのに」
「……ティルムンの生きものの毛織なのかしら?」
そんなの聞いたこともないが、アイーズはとりあえずヒヴァラに向けて問うてみた。
「沙漠の家で、やぎを飼っていたんでしょう?」
「うん。……でも、そいつらの毛じゃないよ」
何となしにまごついているヒヴァラを、母娘はあまり気に留めない。
「こういう、ごく小さな取っ掛かりが、事件解決の鍵になったりするのよね!」
ふくよかな顔をきりっとさせて、母は言う。
巡回騎士の妻として年季の入ったアイーズ母は、お裁縫に次いで推理ものの読書が趣味である。
「お母さん、何言ってるの……?」
どこか興奮して息巻いているような様子の母を見て、アイーズは首をかしげた。
ぎらッ! 母の目が、そこでするどく光る!
「ひょっとしたら、ティルムンでも珍しいような地方特有の毛織物なのかもしれないじゃない? その地域限定性をあばくことで、ヒヴァ君がどこの地方にいたのか、しいてはどういうやつらにつかまっていたのか、を知る手掛かりになり得るわよ! 中の兄ちゃんなら、詳しいことを知っているかもしれないわ」
「な、なるほどっ」
アイーズは目をまるくして、母に感心した。なるほど、そういう見方もできる!
「じゃあ、今からちょっとお店に行って……」
言った途端に、母はふいっと興奮を引っ込め、厳格な表情になってアイーズを見た。
「ちょっとちょっと、アイちゃん。ころも商いは、もうしめの時間帯ですよ。お店の邪魔をしちゃあいけません、行くのは明日になさい」
「……そうね」
「だから代わりに、これを。アイちゃんや」
母は前掛けのかくしから、硬貨を二枚ちゃりんとつかみ出してアイーズにさずけた。
なんか荘厳な受け渡しだな、と横脇でヒヴァラは思っている。
「いか酢にんじん、ふた壺買っておいで……。ヒヴァ君と」
ぐーん、とアイーズ母にふり仰がれてヒヴァラはびくりとする。
「見る人がみたら、あなたの素性いろいろが、この謎のティルムン外套によってばれてしまうかもしれないわ。危機管理のためにも、引き続き末の兄ちゃんのふくろ外套を着ておゆき」
「は、はい。そうします」
娘よりも上背があるが、アイーズに輪をかけた横幅。および貫禄を誇るアイーズ母の言葉に、ヒヴァラはひょいと頭を下げる。