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悪霊にとりつかれかけたお婆ちゃん夫の話

 

 ≪語る人々≫シャーレイお婆ちゃんの夫は、ごくつぶしだった。


 ひねくれて物事をなんでも悪く取る人。周りに敵ばかりこしらえていたが、そういう夫には自分が唯一の味方と思って、シャーレイは添い遂げたと言う。



「そんな人だったから、病気で危なくなった時には、性悪のながれ精霊がうようよ寄って来てさあ……。このままじゃこの人は嫌なものに取りつかれて、死んだあと化け物に変わっちまうのかな、とあたしゃ気が気でなかったんだ。けど」



 ある朝、夫はぽとりと涙を流して言った。



≪本当に、すまんかったよ。お前を俺だけのものにしておきたくて、皆に物語りをするのをやめさせたこと≫



 雲みたいに白くなった顔で、夫は枕元に座るシャーレイに囁いた。



≪許してくれ、シャーレイ。俺はほんとに、お前だけがかったんだ≫


≪ふん。今後あんたのことを話のねたに使わせてくれるんなら、帳消しにしてあげるよ≫



 涙のすじがついた目じりをゆがめ、夫は笑った。



≪そうかい。ほんじゃ今後は、盛大に俺のことをこき下ろしてやってくれ……。ありがとうよ、俺のシャーレイ≫



 その後まもなく、夫は安堵したように息を引き取ったと言う。


 シャーレイが危惧したように、夫は性悪の精霊につけ込まれることも、悪いものに変わることもなかった。ごく素直に、丘の向こうへ旅立っていったらしい。



「あたしの旦那は、それまであたしの物語りを禁じていたことをずうっと根に持って悩んでいて、けど正面きって謝ったりができなかった。そのまま死んでいたら、無念が精霊にくっついていたのだろうけど、何とかぎりぎりあたしに謝って許されたからね。どうにか取りつかれずに済んだのかもしれない」



 お婆ちゃんは少し、寂しそうな顔をする。



「……あんたの場合は、かなえたかった願いというか。その時強く思ったことが、まだ成就していないと見えるね。自分でも、あんまりはっきりわかっていないのと違うかえ?」


「そう、なんです……」



 うつむいたヒヴァラの腕に、アイーズはそっと触れた。



「今日皆の前で話した『かしこい鮭』の話は、あれも考えようによっては精霊に取りつかれた男の物語とも言えるね。精霊やそれっぽいものというのは、目的なしになんとなく人間に取りつく、ってことはないんだ。はっきり理由があって、はあんたを生かしている……。彼とあんたと、両方が納得できるような成就がなされなければ、あんたの呪いは解けないよ」



 手掛かりと言うよりも、むしろ呪いの強固さを突き付けられた気がする。


 やぎ顔を下向きにしたままのヒヴァラを、アイーズは気遣った。



「大丈夫よ、ヒヴァラ。呪いが解けるまで、わたしずっと付き合うからね」


「うーむ。役に立つことを言ってやれなくって、ごめんよ。……代わりと言っちゃなんだけど、≪迷い家まよひが≫のことを教えてあげよう。知ってるかい?」


『あ! わたくし、ちょっとだけ知っています』



 けろッとカハズ侯が言った。



『そうか、あれはこの辺のお話でしたっけね!』


「おや。かえるの旦那はもの知りだね! まあいくつかの話があるんだけど、あたしの婆さまから伝え聞いたやつはこうさ。……」


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