メルヘンを越えて壮絶なお話だったわね!?
≪我がシーエの皆さん! これが、卑怯な王殺しの行く末よー!≫
叫ぶなり、お姫さまは白い長衣のすそをひらひらっとひるがえす。王室船と小舟とを結ぶ綱を、ぶっちり! と切った。
お姫さまはそのまま王室船の方の端っこをつかんで、海に……どぼん!
ついでに小舟のへりを憎々しげにがっつんと蹴りとばして、慌てて取りすがろうとした若者を、思いっきり向こうへ遠ざけたんだ。
ずぶぬれになったお姫さまは、さっさと騎士らに引き上げられる。櫂のない小舟を沖合に残し、王室船はすたこらさっさと陸に帰ってしまった。
湾をぐるりと取り巻いて、一部始終を見ていた人びとは、ざまぁみろと小舟の若者にどなりつけていた。
≪困ったな、櫂がないんじゃ流されるいっぽうだ!≫
若者は短槍で海面をかいてみたが、もちろんそれでどうなるわけでもない。
≪ひどいことをするなあ! ああっ、しかも舟底に小さな穴があいている。これじゃじきに沈んでしまうぞ。おいこら鮭、お前の叡智で何とかしろ!≫
切羽詰まって、若者はお腹にいる鮭をどやしつけた。ふしぎな魚は、平らかな調子でこう答えた……。
≪ああ、そうさ。お前のような危ないやつを、シーエの地から引きはがすために、俺の知恵を使ったんだ≫
≪何だとッ!?≫
すでに旧い国をひとつ滅ぼしかけて、それで追われた美しい若者は、鮭にいっぱいくわされたと知って怒り狂う。
しかし小舟はどんどん沈んでいく。しずむ陽と同時に、小舟も完全に水に沈んでしまった。
海にもぐった若者の口から、小さな鮭はつるっと出たかと思うと……きらきら光る身体を波にそよがせ、どこかへ泳いでってしまったとさ。
こういうわけで、シーエの国を乗っ取りに来た美しい悪い若者は、シエ湾の底に沈んじまった、という話。
そこで待ち構えていた、王さまの亡霊にしばかれたとも言われるし、ここ一番の根性を発揮して、水の精霊・海の娘たちの国をのっとりに向かった、とも言われているね。悪人ってのは、本当にめげないもんだよ?
まぁ成功したって話をきかないんだから、それこそ海の娘たちに返り討ちにされて、ふくろ叩きされたのかもしれないけどさ。
優しいお父さまの心を引き継いだ賢い女王さまは、次の旦那をきっちり見極めて王さまにしたと言うよ。
その女王さまの血が流れ流れて、あたしらのディアドレイ女王さまに流れてるというわけ。
『かしこい鮭』の話は、これでおしま~い。
あなたの村の≪語る人々≫、シャーレイでしたー。
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ぱちぱちぱちぱち!!!
いつのまにかお婆ちゃんの物語に飲み込まれていた聴衆が、我に返って拍手を送る。
アイーズも夢中で手を叩いていた……ヒヴァラも、小さなカハズ侯も。
「お婆ちゃん、いいぞう~」
「しわしわの、つやつやッッ」
「はーい、ご清聴ありがと。また次回ねぇ~、あたしが生きてればね?」
それが散会の合図であるらしい。
人々は立ち上がって、座っていた長床几や腰掛を集会所の壁際にまとめ片付け始めた。身内友達のあいだでしゃべりながら、三々五々去ってゆく。帰りゆく地元民たちをかきわけるようにして、アイーズはシャーレイお婆ちゃんに近づいて行った。
「福ある日を。とっても楽しい物語を、ありがとうございました」
お婆ちゃんはアイーズを、その後ろのヒヴァラを見上げてにこにこした。
「うふふ、楽しんでもらえたんならよかったよ。見ない子たちだね、遠くから来たの?」
「ええ、ファダンから来たんです。……それでお婆ちゃまに、ちょっと聞きたいことがあるのですけど」
アイーズは、この毒のきいたお婆ちゃんを気に入っていた。語り口も面白いが、≪語る人々≫として相当ならしているように見える。ヒヴァラの呪いを解く手がかりを、何か知っているかもしれない。
「込み入った感じだね?」
きゅきゅっと両方の眉を上げて、シャーレイお婆ちゃんはヒヴァラを……その頭まわりを見た。
「今日この後はひまなんだ。荷物持ちを手伝ってくれるかい? あたしんちでお湯でも飲んでお行き。四つ辻の近くだからさ」




