≪かしこい鮭≫のお話がつづくわ
::遠い国からやってきた美しい若者は、その身に叡智をやどす≪かしこい鮭≫をのみこんだ。お腹の中から聞こえてくる不思議な魚の助言に従って、若者は森に狩りをしにやって来たシーエの騎士をつかまえたんだ。
そうしてとらえたシーエの騎士の、ぴかぴか緑色の外套を着て、若者は大市へ。シーエの白いお城へ行ったのさ。え、なんでそんなことをしたのかって? そりゃあ、自分がシーエの王さまになりあがるためだよ! 計略は始まったばっかりなんだから、まあ皆お聞きって。
『……なー、かわず。シーエて何のことや?』
『テルポシエの古名ですよ。つまりここの国ね』
『そうなん??』
見えないティーナの問いに、小さなカハズ侯がそうっと答えている。
::そうしてシーエ騎士のふりをして、玉座にいたお姫さまに、若者はばしばしあいきょうを振りまいた。
かわいいお姫さまは初心だったから、何やら見たことのないいい男に、ころりと気を奪われちまったのさ。
鮭の入れ知恵のおかげでシーエの宮廷にうまく入り込んだ若者は、ある日すきをついて王さまを殺した。
ほれ、お城は海に面しているからねぇ? 城壁の上にいた王さまにそうっと忍び寄って、うしろから一押し……ずどッ!
≪あ――れ――!!!≫
王さまは哀しげに叫びながら、まっさかさまに落ちていって、荒ぶる海の波しぶきの内に消えちまった。
そして押し出す直前、若者はちゃっかり王さまの剣をかすめ取っておいたんだ。
ぴかぴか貴石かざりの光る剣を皆に見せて、若者はこう言った。
≪皆さん、王さまはこの地がいやになったと言って、海の底を通り丘の向こうに行ってしまわれました。あとは娘をよろしく、と私にこの剣を託していったので、その遺言どおりに私がお姫さまと結婚し、新たなるシーエ王になります!≫
他の騎士たちは、まぬけにも若者の言葉を信じてしまったんだよ。けど唯ひとり、かわいいお姫さまだけは若者の嘘を見抜いて涙を流した。
それと言うのも、お父さまは娘にこういうことを言っていたからね?
≪お前はじきに、あのきれいな若い騎士と一緒になるのだろう。その時には、このお母さんの形見の首飾りをあげようね。お前はそれをつけて、めいっぱい幸せにおなり≫
自分に首飾りを残さずに、どころか何の相談もなしに、あのお父さまが逝ってしまうわけがない! 心の中で、お姫さまはそう叫ぶ。
優しいお父さまを亡くした上に、恋人の本性まで知っちまったお姫さまは、かわいそうに泣きに泣いた。けれど最後にゃ、きっぱり覚悟をきめこんだ。
きれいな若者とお姫さまの結婚式、すなわち若者がシーエ王に即位する日。お姫さまは、若者にもちかけた。
≪お花をわんさか飾った舟の上から、即位宣言をするのです。そうすればシエ湾のまわりにいるすべての領民に、わたしとあなたの姿が見えるでしょう?≫
皆に自分を見てもらいたい、王さまとして認めてもらいたくって仕方のない若者は、満面笑顔でお姫さまにうなづいた。
≪いいねえ、とっても絵になりそう! ぜひともそうしよう≫
若者とお姫さまを乗せた花盛りの小舟は、王室専用船に縄で引っぱられて、シーエの港を出ていった。
だいぶ沖合に出たところで若者が見渡すと、ほんとうだ! まるいシエ湾の浜辺には、人々がどっさり。
いま女王になるお姫さまと、その夫になる若者を見に、皆が出てきていたんだ。
≪みなさーん!!≫
お姫さまが声を張り上げ、手を振った。
≪これが、卑怯な王殺しの行く末よー!≫




