名物おばあちゃんのストーリーテリング展開よ!
「はーい、そいじゃいってみよう。皆、デイリーンの流れはよく知っているだろう? あそこの瀬には、魚がいっぱいいる。釣りに行ってぼうずで帰ってくる人は、あんまりいないよねぇ」
世間話を振るような気楽な話し方で、≪語る人々≫のお婆ちゃんはみんなの顔を見渡した。
んだんだ、同意の声がうなづいている。
「それは今に始まった話じゃなくってね。百年前も二百年前も、三百年前に今の女王さまのご先祖が、東のくにとどんぱちやっていた頃だって、うじゃうじゃさかなであふれていたのさ……」
::そんなある日ある時ある時代、ひとりの若者がデイリーンの流れるところへやってきた。
どこのどいつかなんて、あたしに聞かないどくれよ? 何しろあたしの婆さまもそのまた婆さまも、その子がどこから来たのかは聞いてないんだからね!
「ひとつだけ確かだったのは。……その若者はめっぽういかした、とんでも美丈夫だったってことさぁ。ま、死んだうちの旦那の次にいい男、ってことだけどねぇ?」
あはははは、笑いが沸き起こる。お婆ちゃんは話を継いだ。
::その若者は、知らない土地で途方に暮れていた。もう何日も何日も、ろくなものを食べていない。
あんまり腹ぺこだったから、頭もぐるぐるしておかしくなっていたのだろうよ! あろうことか、デイリーンの流れにざぶざぶ踏み込んでいって、水の中をのぞきこんだんだ。
そうしてちらちら泳ぎ回る、いっぱいのさかなを見たもんだから……。ぶしッ! 背にしていた、短い槍をいきなり水に突っ込んだ。
≪やったぁー≫
空きっ腹にくらくらする目ん玉をぎょろつかせて、若者は叫んだ。
槍の穂先には、このっくらいの(と、お婆ちゃんは両ひとさし指を頭の上にかかげてみせた)小さな鮭が刺さっていた!
そう。そんな風にいいかげんに突いたくらいでもさかながとれちまう程、その頃のデイリーンは魚で混みこみだったんだねぇ~! 今はちっと、過疎化したのかもしれないよ!
しかし若者は、はた!? と気づく。
≪しまったぁ、火打ち石を持ってないんだ! 火を起こせない。せっかくの鮭なのに、あぶって食べられないじゃないか≫
ぴちぴち暴れる小さな鮭を見て、若者はじーっっと考え込んだ。
なんてね。お腹の空き過ぎた時に考えつくことなんて、今も昔もろくなもんじゃないよ。
若者は槍の穂先から、鮭っ子を抜いた。逃がすのかって? とんでもない。
しっぽをつまんで、頭の上に高ーくかかげて、そうこんな感じ。
あーん、つるッ!
そう、若者は小さな鮭を、丸のみしちまったのさー!
「うっぎゃあああああ」
「嫌だぁぁぁ」
はいはい皆しずかに。昔の話だよ、子どもらは絶対まねしたらいけないからねぇ~?
……けど、遠くから来たその腹ぺこの若い男は、すっきりした顔でこう言ったもんさ。
≪うーん、新鮮! くさみもなくって、喉ごしすずやか~。とにかく腹ん中におさめられたんだから、俺ぁ満足さ≫
にっこり笑って川から出た時、誰か声をかけてくるものがあった。
≪おいこら若僧。いくらなんでもここは空っぽすぎる、せめて水を飲みやがれ≫
はて、人がいるのだろうかと若者は周りを見回したが、だーれもいない。
≪川の水でいいから飲めってんだよ、ばかやろう≫
≪やれやれ……。ふらふらが治ったと思ったら、次は空耳か。どうしよう≫
若者は困ってしまって、とりあえず両耳に手をあててふさいでみた。
≪空耳とちがうぞ! ちっとは俺の言うことも聞け!≫
がこーんと口を四角く開けて、若者はぶったまげた。謎の声は、自分のお腹の中から聞こえてくるんじゃないか。
≪ぎゃあッ! のんだ魚が腹ん中でしゃべってるう≫
≪水をのめー≫
若者は慌てふためいたが、とりあえず川の水をすくって飲んだ。
≪やれやれ、生き返った。おいこら若僧! 世界の叡智を身に宿す、この俺を丸のみするとはいい度胸をしているな? こうなっちまったからには仕方がない。いつも水をよく飲むと誓えば、これから先お前をりっぱな御大尽にもしてやろう。のぞみは何だ?≫
若者の腹の中で、鮭はしかつめらしく言った!
≪そうさなあ。俺は旧い国を追われてきたんだ。だから新しいシーエの国をのっとって、王さまになって、のんべんだらりとしたいや≫
あんまり素直な望みでもないが、鮭は若者の願いをかなえてやることにした。
狩りにやってくるシーエの騎士を森で待ち伏せして生け捕りにし、着ているものと馬を奪い取るよう、鮭は若者に教えた。
「げえ。下種な主人公だな~」
「目的のためには手段を選ばないってだけさ。結果よければすべてよし、はっはー」
お婆ちゃんは、のりにのっているらしかった。時々はさまれる聴衆の突っ込みを軽ーくいなしながら、先を続ける。
「そうして、まんまとシーエの騎士をつかまえた若者は……!」
――それで、それで?
気が付いたら子どものように、アイーズは豊かな胸のうちでついついお話の先をせがんでいた。




