マルシェ食べ歩きは最高だわ~♪
はまうり焼きを皮切りに、二人と二精霊は食べ歩きに興じた。
ヒヴァラは右手指先から出した理術のひもをティーナの首周りにくっつけて、近く歩かせていく。
「むッ、ヒヴァラ! 塩豚をはさんだ焼きぱんですってよッ」
「俺の目にくるいがなければ、一緒にはさまれてるのはひつじの乳蘇だ」
『お、おさかながまるごと焼かれてますよー!? 切り身じゃな~い??』
『おっさん、魚の串焼き知らへんの? 育ちよすぎやろ』
行きかう人々は皆、それぞれの買い物に夢中らしい。
ともすれば珍妙なアイーズ一行だが、別段へんな目で見られることもなく、次から次へとおいしそうなものの屋台に突撃していった。
この時季だけの丸すぐりと走りの桜桃を買って、分け合いながら食べる。
「うーん。片っぱしから色々たべちゃった。こんなの、俺はじめてだ」
『わたくしも! 立ってお食事するなんて、生きてるうちにはできませんでしたー』
ヒヴァラとカハズ侯は、とくに嬉しそうだ。
ぷしッ、と口中に翡翠のような丸すぐりを噛む。そのさわやかな酸味、野の風味をかみしめつつ、アイーズも満足している。
小さい頃から、アイーズは母と一緒に定期市に通っていた。作った人から直接に買うものは、泥つき砂つきで鮮度がちがうし、断然安い。
子ども四人が全員家にいた頃は母に連れられて行き、大量の野菜を籠や袋にいっぱい持たされたものである。
そういう時、ヤンシーは不良らしくどこぞへ姿をくらましていたから、おとなしいナカゴウ兄が駆り出された。のしのし歩く母とアイーズの後ろ、一番かさばる籠を背負って、ひいこらついてきていたっけ。
広場の石組み水場脇に腰かけてそういう話をすると、ばりばり食べながらヒヴァラは楽しそうに聞いていた。
「じゃあ次は、俺がおばさんの荷物係になろう!」
「そうね。にんじんとするめを山盛りしょってくるのよ、君が食べるいか酢にんじんになるんだから」
「おっと、にんじんで思い出した。ひと束買ってかない? ミハール駒にやったら喜ぶよ」
二人が見ていると、正午を半刻もまわった広場からは人の波が徐々にひいて、どこもそろそろ店じまい開始の雰囲気である。
片付け始めていた農家から、籠の底のにんじん束をそれこそかたづけ値段で分けてもらい、ついでにそこのお婆ちゃんが焼いた黒ぱん最後のひとつも買った。
「≪恒例の語り≫? ああ、いつもそこの集会所でやるのよ。今日は陽気がいいから外側かもね! そろそろ始まるんでないの」
たずねたアイーズにぱんの包みを手渡しながら、お婆ちゃんはとんがったあごをしゃくる。
集会所というのは、広場の脇にある石組み小屋だった。行ってみるとその裏手に、何十人かが集まっている。
主に子どもを連れた家族であふれていたが、アイーズ世代の若い者もたくさんいた。だいぶめかしこんでいる女の子もいて、この会は地元の人たちに楽しみに待たれているのだろうな、とアイーズは思う。
イリー社会の識字率は高くない。どこの国も伸ばそうと躍起になってはいるが、十割成功しているのはオーランだけだ。都市部はともかく農村地帯や辺境においては、だいたい読めるが自信を持って書けるのは自分の名前と在所だけ、という平民が多い。
こういう場所に、読みもの小説は流行らない。娯楽の中心となるのは音楽や物語の集まりであり、世代を越えて口伝えに受け継がれてきたみんなの作品が、地域共同体のお気に入りとして親しまれているのだ。
組み立て式の長床几がいくつも置いてあって、アイーズたちは後ろの方にある一つの端につめて座る。ティーナは姿を消し、カハズ侯はヒヴァラの頭巾ふち。ぴったり左横にいるヒヴァラをアイーズが見上げかけた時、石組み集会所の脇の方から、素敵な音色が流れてきた。――音楽だ!
♪みどりの野をゆけ 我が娘らよ
かみつれ白い 花冠をいただいて
そこに金の陽がふる朝に
素朴な弦楽器の調べに、唐突に歌声が重なった。
一挙に静まり返った中に、まだあどけなさの残る女性の声がはりつめてゆく。
♪……そこに金の陽がふる朝に
ごくごく単調な調べだった。けれど同じ節、まったく同じ歌詞が繰り返された時、それはなぜだか素敵なものとして、アイーズの豊かな胸の底にしっくり・すとん、と吸収されてゆく。
「今日もお集まりいただき、ありがとうございまーす。我らが集落の≪語る人々≫、シャーレイお婆ちゃん。どうぞー」
歌をふっつり終わらせるとともに、歌い手だったがっしり肥りじしのおばさんが司会になった。
声がだいぶ若かっただけに、アイーズはちょっとびっくりする。奥にいるおばさん周囲を見渡したが、弦楽器を弾いていた人の姿はわからなかった。
「は~い、皆。今日も元気な、シャーレイですようん」
ぱちぱちぱち……いよッ! つやつやの、しわしわ!!
さざ波のような温かい拍手にのって、どこぞのおじさん達が合いの手を入れている。
本当にしわくちゃのお婆さんが、卓子か何かの上にのっかって座っているらしい。ほうぼうに向けて、手を振っている。
「今日は陽気もいいしねぇ、ひとつ悲劇的にしめっぽく! 爆笑できるやつをやろうかね~!!」
どんなんだよー! もはや地元の符丁になっているのだろう、慣れ親しんだ感じのやじが飛んで、一同はどっと笑いに沸いた。
――本当に、どんなお話なのよ~!?
アイーズも豊かな胸のうちで、楽しく突っ込んでいる。




