≪岬の集落≫の朝市に来たわ!
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朝の十一過ぎ。ぎりぎり朝の範疇、二人は≪岬の集落≫に到着した。
ひなびた様子だった昨日とはうって変わって、集落内には多くの人が来ているらしい。村はずれに臨時の駐馬場ができていて、目立つ黄色の上っぱりを着たおじさんが誘導棒をぐるぐる回していた。
「はい、そっちにつないでね~」
実際けっこうな人だかりだ。ミハール駒を横杭につないですぐ、ヒヴァラがのばしてきた右手をアイーズは迷わずに取る。
人々の流れに沿って、二人は歩いた。カハズ侯はヒヴァラの外套頭巾ふち、ティーナは姿を消している。
「なんだか、ファダンの街なか歩いてるみたいだ。≪かきもの通り≫より人が多いぞ」
行きかうのは周辺地元民らしき人々ばかり、みな質素な装いで籠や袋を手にしている。
繁華街のようなおっかない雰囲気なんてまるでないのだが、ヒヴァラはいきなり人いきれの厚みに対峙して、少々びびっているらしい。
「ヒヴァラは、ファダンで朝市に行ったことないの?」
「ないよ。って言うか、朝市がそもそも初めてなんだ。俺」
「あらら」
握りつないだ手の中が微妙に汗ばんでいる理由を知って、アイーズは微笑した。
「怖いとこじゃないわ。大丈夫よ」
集落の中心、広場が朝市の開催地である。
その周辺にも多くの出店が拡張していて、人々が群がっていた。売り子の多くは近隣農家と思われる人々だ。木箱や大籠を地面にじかに置いて、中身をひとつかみいくら、束いくらで売っている。春と夏の境目という季節がら、野菜が豊富にあった。
白、赤、ふじ色のかぶ色々、たまなもある。さやごと食べられる種類の豆はそろそろ終わり。早生のいんげんを売っている兄さんが、「さいごのひとからげ~」と声を張り上げている。
「ふぁッ、どうしたのアイーズ!? 痛いよ、いきなりっ」
握る手のひらに突然力がこめられ、ヒヴァラはぎょっとしてアイーズを見下ろした。
「あ、ごめんね……。あれ見て驚いちゃったもんだから!」
長々と列のできている出店の一角を、アイーズは杖を持った手で示した。
「……? 玉ねぎが、どうかしたの?」
「ここの名産品なのよ」
アイーズがさしたのは、玉ねぎのつまった木箱をいくつも並べている農家の出店だった。順番待ちの列の邪魔をしないよう、二人は少し後ろからのぞいてみる。高いところに頭がある分、ヒヴァラには玉ねぎ各種がよく見えた。
「シエ半島産の玉ねぎは、イリーで一番おいしいって有名なのよ。うちのお母さんもファダンのお店で見かけた時は、ちょっと背伸びしてよく買うわ!」
アイーズほどにその母は小さくはない。背のびする必要あるのだろうか、と文字通り受け取ったヒヴァラは首をかしげた。
「ヒヴァラ、お値段見える?」
「うーんと、ね……。高い方から順に~」
聞いてアイーズはため息をついた。上級品でもその価格とは……。やはり産地では安いッ!
「残念だわ。お母さんに持っていったら踊って喜びそうだけど、今回は無理ね」
「お、俺……。玉ねぎ料理は、さすがにできない」
「いやいや、お湯が沸かせるだけでヒヴァラはもう上等だからねー」
買えないとわかっていても、様々な売りものを見るのはやはり面白かった。
二人の知らない農作物、ファダンに見られない花の束や香草鉢などまである。匂いにつられていくと、海鮮ものを売る地元漁師にまじって、何か焼いているところがあった。
「あーっっ!! はまうりッッ」
これには我慢がならなかった。小さな簡易持ち出し炉の上、金網を敷いて大きな二枚貝をあぶるおじさんに、アイーズはまっすぐ注文する。
「おとつい夜の嵐が、いいの連れてきてくれたんだよう」
おじさんは、熊にんにくの乾いたのを、貝の身にぱらりと振ってくれた。片殻に入って香ばしく焼かれたのを、ふうふうと息を吹きかけながら食べる。
「……!!」
ヒヴァラとアイーズは、口いっぱいに頬張る顔を見合わせた。……ひあわせ!
『おおおおいしいい』
こっそり怪奇かえる男の姿に戻ったカハズ侯が、みやびにうなっている。頭巾を深く下ろして、かえるの頭が人目にふれないようにしているけれど、貝殻に残ったつゆをぺろッとなめた時、ながーい舌が現れてしまった。
アイーズがそうっと手のひらの中、お相伴させてあげたティーナ犬は、ふがふが噛みつつ首をひねっている。
『すんごいうまーい。けど、嵐が連れて来たって? どうゆうこっちゃの』
「嵐が行っちゃって、荒れた海がしずまりかける時に、とびきりおいしいのが浜に出てくるって言われてるのよ。はまうりは」
昨日、テルポシエ港でも売っている漁師を見かけた。逃した機会を挽回できた気がして、アイーズはたまらなく嬉しい。
しかもアイーズは一人ではない。探し出して仲直りできたヒヴァラが、隣で同じものをぱくついている!
好物のはまうりが、さらにずうっとおいしく思えた。




