カハズ侯の劇的プロット案、ふりるう!
『ヒヴァラ君のお父さんは、ほんとに山賊だか何だかに襲われたんじゃないですかッ??』
「え……ええ? どうしたの、カハズ侯?」
『ファダンへ帰る途中! 命までは取られなかったけれど、頭の後ろをぽかーんとやられ! 気づいた時にはそれまであった人生いろいろの記憶を、失くしちゃったのですッ!!』
ヒヴァラは小さな目をばちばちさせて、怪奇かえる男を見ている。
古風典雅な麻衣の袖をふりるうとそよがせて、カハズ侯は両手を前に差し出した……おお劇的!
『なにしろ、自分がどこの誰なのかも忘れてしまってわからないッ! 身分証を入れた財布はもちろん山賊にとられてしまったから、調べようも知りようもないのです。仕方なく彼はひとり、自分探しの彷徨に出る……! っていう≪記憶喪失≫の物語を、そのむかし読んだことがあるのですよー』
なんだ本のあらすじね、とわかってアイーズはかくりとうなだれた。
『でもね、そうやって怪我や事故で大切なことを忘れてしまう現象は、実際にあるらしいのです。これはもう本人の意思とは関係ないのだから、自分や家族のことがわからなくなるのは、仕方のないことなのですって』
「……俺の父さんも、そうやって記憶なくしちゃったと思うのかい? かえるさん」
『いや~。そら、いくら何でも物語やろう~』
ティーナ犬がぼやく隣で、アイーズは小首をかしげている。
「いかにも、な筋書きではあるけれど。でも絶対にないとは言えないんじゃないかしら? 息子を探しに単身ティルムンまで乗り込んでいくような、根性持ちの文官騎士だったんだもの、ファートリ老侯は。むしろ諦めちゃうほうが、ありえないような気もするのよね」
「うーん、でもなぁ」
ヒヴァラは両手で、自分の顔をはさみこんでいる。
「俺の父さん、気骨はあったかもしれないけど……。腕っぷしとか全然だめだったんだ。俺が小さかったころから、頭痛が~腰痛が~ついでに背中が~って、しょっちゅううだうだ言ってたし」
『見かけはどんな方だったんです? お父さん』
カハズ侯の問いに、ヒヴァラは小首をかしげた。
「うーんと、ね。顔は俺と兄さんにそっくりだったよ、やぎ顔っていうの? ひょろひょろ細くて、どこもかしこもぺらぺらな身体つきで」
要するにヒヴァラっぽい、ということ。アイーズとカハズ侯、ティーナ犬は三者いっせいに胸のうちで突っ込んだ。
『それじゃ、我々でも見ればすぐにわかる感じですね。本当にどこかでひょっくり、偶然に会えたりして……。気をつけておきましょう』
いずれにせよ、ヒヴァラの父についてはテルポシエにおいても、もう調べようがないと言うことになった。
「それで、この後どうする? テルポシエに入ってまだ三日めだし。もう少しこのまま野営で潜伏しておいたほうがいいのかしらね。テルポシエ市内に戻っても、もちろんいいと思うけど?」
鳶色巻き髪をふあーんと揺らし、落ち着き払って言ったアイーズに向け、ヒヴァラがひとさし指を立てて挙手した。授業中の生徒のしぐさである。
「あー、あのね。俺にいっこ、提案があります」
「はい、ヒヴァラ君?」
昨日、テルポシエの東市門から≪かくれみの≫の術で姿を消し、乗り合い馬車の隅にひょろりと乗り込んだヒヴァラは、乗客たちが話すのをぼんやりと聞いていた。
アイーズから離れて捨て鉢やけくそになっていたため、その時は何とも思わなかったのだが、いま考え直すと気を引かれることを聞いた、と言う。
「今日は、あの≪岬の集落≫に朝市が立つ日なんだって。でもってその後、恒例の語りとかいうのがあるって、乗客のおじさんおばさんがしゃべってたんだ」
「語り……」
「浜域のアンドールお兄さんちにいた時、五つ沼のそばでアイーズは会ったんでしょ? 精霊のことに詳しい人。≪語る人々≫って」
「あ、ああ!」
もも色頬かむりをした球技補佐おばさんの笑顔が、アイーズの脳裏にぱかっとひらめいた。
「そういう感じに、むかしの不思議な話をたくさん知ってる人が、何か話して教えてくれるんなら。きいても損はないな、って思ったんだ」
「ええ、そうね! 呪いを解く糸口があるかもしれない。ようし、じゃあ今日は岬の集落に戻ってみましょうか! ついでに朝市で、おいしいものを見つくろって……」
ヒヴァラのやぎ顔が、きりっとしていった。
「そうなんだ! この一帯では、いちばん規模の大っきい市で。各種おいしい名産品がつどう場なんだって!!」
『ヒヴァラ君。何だかそっちのほうが、主体になってません?』
ふふふ、とカハズ侯が大きな口をまげて微笑している。




