表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

177/237

カハズ侯の劇的プロット案、ふりるう!

 

『ヒヴァラ君のお父さんは、ほんとに山賊だか何だかに襲われたんじゃないですかッ??』


「え……ええ? どうしたの、カハズ侯?」


『ファダンへ帰る途中! 命までは取られなかったけれど、頭の後ろをぽかーんとやられ! 気づいた時にはそれまであった人生いろいろの記憶を、失くしちゃったのですッ!!』



 ヒヴァラは小さな目をばちばちさせて、怪奇かえる男を見ている。


 古風典雅な麻衣の袖をふりるうとそよがせて、カハズ侯は両手を前に差し出した……おお劇的!



『なにしろ、自分がどこの誰なのかも忘れてしまってわからないッ! 身分証を入れた財布はもちろん山賊にとられてしまったから、調べようも知りようもないのです。仕方なく彼はひとり、自分探しの彷徨に出る……! っていう≪記憶喪失≫の物語を、そのむかし読んだことがあるのですよー』



 なんだ本のあらすじね、とわかってアイーズはかくりとうなだれた。



『でもね、そうやって怪我や事故で大切なことを忘れてしまう現象は、実際にあるらしいのです。これはもう本人の意思とは関係ないのだから、自分や家族のことがわからなくなるのは、仕方のないことなのですって』


「……俺の父さんも、そうやって記憶なくしちゃったと思うのかい? かえるさん」


『いや~。そら、いくら何でも物語やろう~』



 ティーナ犬がぼやく隣で、アイーズは小首をかしげている。



「いかにも、な筋書きではあるけれど。でも絶対にないとは言えないんじゃないかしら? 息子を探しに単身ティルムンまで乗り込んでいくような、根性持ちの文官騎士だったんだもの、ファートリ老侯は。むしろ諦めちゃうほうが、ありえないような気もするのよね」


「うーん、でもなぁ」



 ヒヴァラは両手で、自分の顔をはさみこんでいる。



「俺の父さん、気骨はあったかもしれないけど……。腕っぷしとか全然だめだったんだ。俺が小さかったころから、頭痛が~腰痛が~ついでに背中が~って、しょっちゅううだうだ言ってたし」


『見かけはどんな方だったんです? お父さん』



 カハズ侯の問いに、ヒヴァラは小首をかしげた。



「うーんと、ね。顔は俺と兄さんにそっくりだったよ、やぎ顔っていうの? ひょろひょろ細くて、どこもかしこもぺらぺらな身体つきで」



 要するにヒヴァラっぽい、ということ。アイーズとカハズ侯、ティーナ犬は三者いっせいに胸のうちで突っ込んだ。



『それじゃ、我々でも見ればすぐにわかる感じですね。本当にどこかでひょっくり、偶然に会えたりして……。気をつけておきましょう』



 いずれにせよ、ヒヴァラの父についてはテルポシエにおいても、もう調べようがないと言うことになった。



「それで、この後どうする? テルポシエに入ってまだ三日めだし。もう少しこのまま野営で潜伏しておいたほうがいいのかしらね。テルポシエ市内に戻っても、もちろんいいと思うけど?」



 とび色巻き髪をふあーんと揺らし、落ち着き払って言ったアイーズに向け、ヒヴァラがひとさし指を立てて挙手した。授業中の生徒のしぐさである。



「あー、あのね。俺にいっこ、提案があります」


「はい、ヒヴァラ君?」



 昨日、テルポシエの東市門から≪かくれみの≫の術で姿を消し、乗り合い馬車の隅にひょろりと乗り込んだヒヴァラは、乗客たちが話すのをぼんやりと聞いていた。


 アイーズから離れて捨て鉢やけくそになっていたため、その時は何とも思わなかったのだが、いま考え直すと気を引かれることを聞いた、と言う。



「今日は、あの≪岬の集落≫に朝市が立つ日なんだって。でもってその後、恒例の語り・・・・・とかいうのがあるって、乗客のおじさんおばさんがしゃべってたんだ」


「語り……」


「浜域のアンドールお兄さんちにいた時、五つ沼のそばでアイーズは会ったんでしょ? 精霊のことに詳しい人。≪語る人々≫って」


「あ、ああ!」



 もも色ほっかむりをした球技補佐きやでいおばさんの笑顔が、アイーズの脳裏にぱかっとひらめいた。



「そういう感じに、むかしの不思議な話をたくさん知ってる人が、何か話して教えてくれるんなら。きいても損はないな、って思ったんだ」


「ええ、そうね! 呪いを解く糸口があるかもしれない。ようし、じゃあ今日は岬の集落に戻ってみましょうか! ついでに朝市で、おいしいものを見つくろって……」



 ヒヴァラのやぎ顔が、きりっとしていった。



「そうなんだ! この一帯では、いちばん規模の大っきい市で。各種おいしい名産品がつどう場なんだって!!」


『ヒヴァラ君。何だかそっちのほうが、主体になってません?』



 ふふふ、とカハズ侯が大きな口をまげて微笑している。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ