そういう君のこと、わかりたいのよ
「アイーズは俺に合わせてくれてるだけなんだって、思っちゃったんだ……」
ぼそぼそ、ひょろひょろ……。
たよりなさそうに語られたヒヴァラの言い分はややこしくて、つかみどころもあんまりない。
その辺をかいくぐり、何とかアイーズがくみ取った要点は、≪アイーズはすんごい無理して自分と一緒にいるのでは≫という猜疑心らしい。
実際には自分のこともそんなにおぼえていなかったのに、みじめな状況にある弱者を捨て置くことができなくて、正義感から付き合ってくれているだけなのでは……。やはりアイーズは巡回騎士の娘だし、妹なのだから……うじうじ……と。
謎解きのために作り話を方便として利用するのは、別に何とも思わなかった。
しかし元婚約者ノルディーンのことを今になって考え出したら、もう悪い想像が止まらなくなった、とヒヴァラは打ち明ける。
「俺がファダンにいなかった間にノルディーンさんはそこにいて、アイーズと同じ時間にお天道様おがんで、おんなし雨にうたれてたと思うと。……なんかもう、お腹ん中ぐるぐるしてくるんだ。悔しくて悔しくて、たまんなくなるんだ」
神妙な顔で聞いてはいるものの……アイーズはともすれば、不可解のどん底に落ち込みそうになる。
――悔しいって……。ヒヴァラ、それ。どの辺どうなって、くやしくなるの~??
「俺はティルムンになんて行きたくなかった。あのままずっとファダンにいて、文官騎士になって、でもってアイーズとずっと仲良くしてたかった。でも時間は過ぎちゃって、もう取り返せない。そこんところが悔しい。果てしなく悔しくって、たまんないんだ」
ようやく、アイーズにも少しだけわかってきた。
元凶をつくったマグ・イーレの伯父や、理術士にさせられたことより、ヒヴァラはファダン不在だった過去そのものに恨みつらみを抱いているのでは……と。
そしてそれなら、アイーズ自身にもわかる。あの日アーボ・クームの土手で別れず、次の日もその次の日も、ずっと一緒に歩いていたなら?
まちがいなく、小さな恋は大きく育っていたはずだ。
あんなに一緒にいて楽しい二人、心地よいお互いどうしだったのだから。
きっと手はつながれて、ずっとそのままだっただろう。離れていた長い年月のせいで、今のように時おり不可解にはまりこんでぎくしゃくすることもなかったはずだ。誰かに秘密を隠すこともなく、その秘密のために嘘っぱちの作り話をこしらえる必要だってなかった。堂々と笑い合って、どこまでも晴れやかな恋を育んでいたはずだったのだ、……アイーズとヒヴァラは。
「……でも、ヒヴァラ。わたし達、また会えたんじゃないの」
あぐらに両肘をついて、頭を抱え込んでいたヒヴァラが顔を上げる。
「生きて会えた以上は。まだまだ巻き返せるし、取り戻せるわよ。君はファダン市民になるんでしょう?」
「うん、なりたい」
「でもって呪いを解いたあかつきには、正面切ってわたしの彼氏になってくれるんじゃないの?」
「そうなんだ! まずはともかく立候補、出馬表明からッ」
「何よ。やりたいことは明確なんじゃないの。それなら昔のこと、悔しいとか思う時間がむだよ? これから二倍速でやりたいことをやるために、がつがつどしどし今と明日のことを考えましょうよッ」
ふーん! 貫禄をみなぎらせ言い切るアイーズの前、ヒヴァラの小さな双眸が輝き始める。
「それにわたしは、わたし自身の心に従ってヒヴァラの手伝いをしてるのよ。君と一緒にいるのに、誰にも君にも遠慮なんかしてないの。だからヒヴァラは、ずどーんと構えてていいのよッ」
「そうか……ずどーんと、アイーズみたいに……あやかりたいッ」
大丈夫そうね! とアイーズは思う。いつものヒヴァラに、ようやく戻ってくれた……。そういうヒヴァラを見る自分自身も、もう大丈夫だろうと思えてくる。
「それじゃあ、また明日から! いろいろするべきことをするために……もう寝ましょうッ」
「そうだそうだ」
疲れ切ったのと安堵とで、アイーズはその夜深く眠った。
ほどよく沈み込む草編み天幕の床は、いつも以上に心地よく温かい。
何も考えず、頭をそこへ置いたとたんに、ふわりと意識を手放したらしい。自前のふかふか鳶色巻き髪の下、ふさふさティーナ犬のおなかをまくら代わりに敷いているのにも全く気付かず、ふうすか安眠にはまり込んでいた……。




