見つけたけど……えっ、危機!?
じぐざぐと細かく入り組んだ岩場、そこに沿うふみわけ小道は、ずいぶんと長く続いていた。
いつまでも明るいような日だったけれど、やはり翳りは落ちてくる。西からのだいだい色の光が、少しずつ濃くなってきていた。
じきに長い薄明が、やがてさらに長い夜が来てしまう。
あのテルポシエ二級騎士のような地元警邏の人に出会ったら、叱られて有無を言わさず集落へ連れてゆかれたかもしれない。けれどアイーズに、ヒヴァラ探しを諦められるはずがなかった。
そしてとうとう、せり出した崖っぷちに岩のように佇んでいる、ひょろひょろ頼りなさそうな影ぼうしを見つける。
『ああ……ヒヴァラ君!』
アイーズの肩先で、そうっとカハズ侯がささやく。アイーズはため息をついた。……安堵の息だ。
見つけたわよ、ばか! 勝手に消えちゃうなんて何考えてるのよ、どれだけ心配したと思うの! あんちくしょう!! ……道中、見つけたらどやしつけるつもりでいた言葉なんか、もう出てこない。
こちらのふみわけ小道に背中を向けて、三十歩以上も先にヒヴァラは動かず立ち尽くしている。
だいぶ遠くではあるけど、ヒヴァラには聞こえるはずだと確信してアイーズは声をかけた。
「♪ルルッピ―♪」
ぴくん、とヒヴァラの肩が揺れた。けれどそれっきり、ヒヴァラは振り向かない。
しだいに濃くなる紺色の海と水平線の方を向いたまま、身じろぎもせずにいる。
「探したよ、ヒヴァラ」
おだやかにアイーズは続けた。
ふつうの会話が届く距離ではないけど、目と耳と……感覚の鋭いヒヴァラには伝わっているはずだ、と思いつつ。
「ここに来るまで、何人かに道だとか聞いたわ。けど嘘は言ってない。わたしの大事な連れとはぐれちゃったんです、見ませんでしたかって。ほんとのことだけ聞きながら、探したのよ」
ヒヴァラの両肩がまたわずかに、震えたようだった。
「君がわたしのこと嫌になっちゃって、どうしても一人で行きたいって言うなら、それも仕方ないと思うの。でもそれならそれで、ちゃんと話し合って。……さよなら言ってから、お別れしようよ。ヒヴァラ?」
うつむいたらしい。ヒヴァラの両肩が、上下している。
「とりあえず、わたしミハール駒をその辺で休ませてくるから。そこにいてね、……後で話しましょう」
そう言った後の反応を見ず、アイーズはふいとふみわけ小道の反対側に顔を向ける。
「カハズ侯。ちょっと行ってくるし、ヒヴァラについててあげてね」
ぴょん! アイーズの肩先から跳ねて、もわりと怪奇かえる男の姿をとったカハズ・ナ・ロスカーンは、きょろんと巨大な眼をまわして困惑している。
『けど、あの……。アイーズ嬢』
「……お互い疲れているし、もうヒヴァラは逃げないと思うの」
あまりぐいぐい行かず、極力おだやかに接してみよう、とアイーズは考えていた。
『ええ……。そうですね』
古風典雅な外套裾をゆらめかせて、カハズ侯が崖のほうへ浮かんでゆく。やはり動かないヒヴァラの後ろ姿をちょっとだけ見てから、アイーズはミハール駒の手綱を引いた。
少し内陸へ寄ったところは、松木の生える林である。下草が十分にあった。
アイーズは枯れた海松の枝に手綱をつなぎ、ついでに背中のぱん包みを下ろして引っかける。
「あなたも疲れたでしょ」
アイーズは巨大な黒馬の鼻づらをなでた。
ふが、と鼻息を一つついたミハール駒は、んなわけあるかいと言っているようだった。強靭なやつである。
水場がその辺にないだろうか、とアイーズは林の方を見わたす。
もりっと盛り上がった岩場が、松木の裏にあるようだ。こういうところには、小さな泉が湧いていることがある。
この後ヒヴァラと話し合って、どうなるか……。本当にさよならを言われる可能性はあるが、あんまり考えたくなかった。
どうにか機嫌を直してもらっても、今からテルポシエへ帰るのは大変かもしれない。仲直りのできた場合はここいらで野宿かな、とアイーズはうなづいた。
そうなる希望的観測にそって、水場がないか見てゆこう、と思う。
草の入り混じったごつごつ岩場をぐるっと回ってみたが、ほんのちょっとの湧水も見当たらない。
――だめね。
ため息をついて引き返そうとした時、アイーズは何となく妙な気配を感じた。松木の向こう……肌がざわつくような、いやな感じがする。
一瞬、マグ・イーレのディルト侯関係者につけられたのかと思ったが、そうではない。もっとあからさまに、嫌なもの……。
アイーズは思わず、さくら杖を右手に握りしめた。と。
ばさぁーっっ!!
松木の下の茂みから、飛び出てきた何かがある。
反射的に、アイーズは杖を右向け思いっきり振り切ったが、その先にけものが食らいついたのを見て仰天した。
「きゃあッッ」
そのあまりの重さにアイーズはよろめいて、右向けどさりと倒れ込む。
同時にひょいと跳びすさったのは、ルーアやティーナをはるかに上回る大きさの犬だった。
長細くひょろんとしているが巨大な体躯。灰色の体毛は短くて、のっぺりとした顔がめだつ。そこにはあいきょうの微塵もない。野生むきだしの唸り声を上げて、犬はアイーズをねめつけている!
「……!!」
アイーズは素早く立ち上がり、さくら杖を構えた。犬の黄色く光る眼は、じいっとアイーズを見ている。
後ろにさがりかけるアイーズにじりじりっと歩み寄って、間合いを広げさせない。
犬に、ひるむ気配は全くなかった。逆にアイーズを、……狩ろうとしている!
アイーズは満身の気合を込めて、そいつをにらみ返す。




