テルポシエの市民兵たちに会ったわ
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≪岬の先っちょへ出る道≫。
……聞いたとたんアイーズは、ヒヴァラがそこへ向かったと直感していた。
浜域の長兄アンドール宅では、屋根の先っちょ煙突の先端で、夜な夜な景色を眺めていたヒヴァラである。気を晴らすために、どこぞの端っこに立っていそうだった。
薄青色の空と明るい紺の海がまじわる水平線で、アイーズの視界は今いっぱいに満たされている。しかし探し出た岬の先っちょに、ヒヴァラの姿は見当たらなかった。
「ヒヴァラー!」
理術≪かくれみの≫で姿を消しているだけかもしれない、と思いアイーズは叫んでみる。
『……いませんね。ティーナ御仁の気配が全然ないんです。ここにヒヴァラ君はいない……』
アイーズを乗せ黒馬ミハール駒が通ってきた≪岬の集落≫は、このシエ半島の西寄りにある。ふみわけ小道は東側へと回り込み、その先は海に切れぎれ差し込む入り組んだ岩場の方へと続いているらしかった。
『あの辺の入り組んだ磯岩場も、先っちょと言えば全部先っちょです。ヒヴァラ君、向こうへ行ってしまったのでしょうか……』
「行ってみるしかないわね。カハズ侯、物音や気配に気をつけていて」
アイーズの肩にかけたふろしき包みが、ずーんと重く食い入るようだった。
先ほどの集落のぱん屋で、急いで買ったふすまぱんを四つ、硬い包みにこしらえてもらったのである。アイーズ自身はもう空腹を通り越していて、食欲もなかったのだが。
「食べもののこととなると、鼻ざとくなるヒヴァラだもの。今日は朝に食べたっきりなんだし、これにつられて出てきてくれればいいんだけど……」
ふう、とアイーズがため息をついた時。けろり! とカハズ侯の声がした。
『アイーズ嬢! ヒヴァラ君ではないけれど、前方から何人か来るようですよ。武装しているような、がちゃついた音がします!』
「えっ?」
ふみわけ小道が林の中を通るところで、アイーズは男たちの一団と行き当たった。
「あー、そこゆくお嬢さん。ちっとー」
むさ苦しい雰囲気の四人組が、そろいの騎士外套を着ている。けれどテルポシエの巡回騎士が着るような鮮やかな草色ではなく、じじ臭い枯草色なのだ。長槍や短槍をかついで一列に歩いているあたり、地元の自警団か何かだろうとアイーズは思った。馬上から挨拶をする。
「福ある日を」
「はい、こんにつは。土地のひとでないね?」
「いえ、旅行中なんですけど。連れとはぐれて、いま探してるんです」
塩っ辛い声で話しかけてきた先頭のおじさんは、自分たちはテルポシエ二級騎士――すなわち市民兵である、と言った。
「ひょろいやぎ顔の兄ちゃん? 俺ぁ見てねぇな、お前らどうだ」
「見てないっすね」
「見ないね!」
「つうか俺ら、そもそもが人間見てねぇだろ。この半日ぱっかし」
「だよなぁ~。俺らはこの先まわりこんで、小湾はいるあたりまで犬対策の警邏してたんよ。じきに暗くなるし、お嬢さんも深入りしちゃっちゃ危ねぇよ」
四人ともやたらちゃきちゃきしたしゃべり方で言うが、実に息が合っている。
「犬? ……イリョス山犬、いるんですか。こんなところに?」
四人は一斉にアイーズを見つめ、ぽかーんとしたようだった。おじさん隊長が、はっと我に返る。
「いりょ……とか言うのは知らんけどね。最近この辺は、野犬が群れてて危ねぇのよ。だいぶ狩っちゃいるんだが、ほんとに危ないから、日が傾いてきたら村に戻んなさい。いいね?」
「犬はこわいぞ」
「あんがい行き違いで、連れももう戻ってるかもしんねぇしな」
「んだんだ」
鳶色髪のアイーズを、二級騎士らは貴族とは思っていない風である。ちゃきちゃき気さくな忠告をした後に、えっさほいさと行ってしまった。
それを見送ってから、アイーズは再びふみわけ小道を進む。
『よかった、いい人たちで……。山賊だったらどうしようかと思いましたよ』
「そうね、カハズ侯。でも、こんな昼ひなかに営業している山賊はいないわよ」
いる。頭脳派親分ひきいる朝型山賊はたしかにいるのだが、……それはまぁ別の話なので置いておこう。
「今ようやく思い出したんだけど、テルポシエには平民の徴兵制があるのよね。さっきの四人は、軍役についている人たちなんだわ」
『他のイリー諸国には、ない制度ですね!』
ついでに言えば、そういう市民兵を≪二級騎士≫、貴族出自の正規騎士を≪一級騎士≫と呼んで区別しているのも、テルポシエだけだ。
ファダンはじめ他国では、民間から職業傭兵を採用して軍枠に補充している。しかし貴族以外の平民に、兵役や戦闘義務を強いることはない。
樹々がとぎれて、再び海が視界に入ってくる。その表面は金の波をちらちら光らせて、まばゆく輝いていた。
「言ってる間に、夕方になっちゃうわ。早くヒヴァラを探し出して、集落の方へ戻らないとね」
森深きファダンと違い、この辺にイリョス山犬はいないようだ。しかし野犬その他あぶないものが出るところに、ヒヴァラをほったらかしにはできない。
夏至に向かって日は長くなる一方、嵐は昨日行ったばかりで今は晴れやかな青空が広がっている。
けれどここに来て、アイーズは焦りを感じ始めていた。




