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ヒヴァラ追跡! ≪岬の集落≫へ来たわ

 

 高くなった日の下、黒馬を御しながらアイーズは思った。


 なぜヒヴァラは逃げたのだろう、と。


 ほんの気まぐれ、機嫌の悪さがつのってどこかへ足を延ばしに行くだけなのか。


 あるいは本当に、アイーズと一緒にいるのが嫌になってしまったのか……。


 再びイリー街道に出るも、標識に従ってすぐに細い田舎道へとくだる。テルポシエ東市門を出る際、その辺にいた衛兵役の巡回騎士にアイーズは大まかな道順を聞いてあった。ヒヴァラの乗って行った乗り合い馬車の行き先、≪岬の集落≫。そこはひなびた集落ではあるが、なだらかな準街道でつながれて、迷うところではないと言う。



『こんな時なのに、アイーズ嬢はほんとに落ち着いている……。わたくしなんてもう、さっきから気持ちが千々ちぢに乱れてしまって』


「……わたしだって、すごく動揺しているのよ。カハズ侯」



 肩先で悲しそうに言うかえるに、アイーズは言った。本当のことだ。


 どうしたって慌てふためきそうな状況なのに、冷静でいる自分自身が、アイーズは不思議でもある。


 白亜の城塞都市テルポシエと、それを取り巻く湿地帯ははるか後方へと消えゆく。ファダンから街道を東進してきた時以来、ずっと右側かなたにかすんで見えていた≪シエ半島≫が、いつのまにか姿を消していた。アイーズ自身が、その岬に突入したのである。


 追い越すのは農家の荷馬車や驢馬ろばばかり。ヒヴァラが身を隠して乗り込んだと言う乗り合い馬車は、どこにも見当たらない。



「乗り合い馬車は、正午前にテルポシエを出たのよね?」


『ええ。朝十一の時鐘のすぐ後に、東門を発って行ったんです』



 たかだか半刻の時間差、しかも向こうは乗り合いなのだから、途中どこかの村にとまって時間を食っているかもしれない。じきに追いつけるのでは、と心のどこかでアイーズは踏んでいたのだが……あてが外れた。



『けれど……。ひとつ可能性として怖いのは、ヒヴァラ君がどこかで途中下車しちゃったかもしれないことなんです。いくらティーナ御仁がぎゃんぎゃんうるさく騒ぎ立てても、あんまり離れてしまってはわたくしの精霊聴力で聞き取れるかどうか……!』



 カハズ侯は、しょんぼりと切なげである。いつものしょっぱいおじさん声が、輪をかけて塩からく聞こえた。


 それらしき手掛かりや痕跡を何も見ないまま、アイーズをのせたミハールごまは、とうとう≪岬の集落≫に来てしまう。


 農地と林の入り混じる田舎で村門もない。一応の境界石が道の傍らにずどんと立って、集落名の書かれた木の板が寄り添うように置かれている。こういった場所では下馬する必要もないから、アイーズはそのまま進んでいった。


 風よけのためにがっしりと組まれた、石積みの塀が村道の両脇に連なっている。花鉢のたくさん置かれた家々がぽつぽつと散在する、のどかな風景の集落だった。しかし今のアイーズに、そのかわいらしさを思う余裕はない。



「おんまー」


「ねえ、りっぱな黒いお馬だねぇ」



 商家前の長床几ながしょうぎで、日向ぼっこをしている若い母親と子どもがいた。アイーズは黒馬から下り、手綱を引きひきその親子にたずねてみる。



「すみません、あの……。テルポシエからの乗り合い馬車は、もうここへ着きましたか?」


「ああ、着いたよ」



 アイーズより若いのかもしれない。質素な長衣姿のその母親は屈託なく笑って、膝上の子をゆするとアイーズの後方を指さした。



「そこの広場のかどに、半刻くらい前について、お客をみんな下ろしたよ。ミサキおばちゃんの昼便だろ? 今日はわりかし早かったね」


「ぶうぶ、みたのー」



 まるまる太ったかわいい子が、あいの手のように言っている。



「その下りたお客の中に、ひょろッと長細い若い男の人を見ませんでしたか。大事な連れとはぐれちゃって、探してるんです」


「え~と? どうだったかなぁ、あたしこの子とずっとここにいたんだけど……。そういやそんな人、いたかもしれないわ。ミサキおばちゃんの車から降りたかどうかは見てないけど……ひとりですーっと、歩いてったんだかな……」



 悪気があるわけはないのだが、のどかに語る母親の言葉はゆるやかすぎてまどろっこしい。しかし微妙にいらつきかけたアイーズの耳に、こどもの声がぴしゃッと入った。



「あったま、ぼーぼ??」



 アイーズは、はっとして子どもの丸い顔を見た。



――頭、ぼうぼう……。火? 炎??



「坊や、……そのひとどっちへ、行ったかな?」



 子どもは嬉しそうに左手をしゃぶり、右手のぐう・・のこぶしを四つ辻の左側へとはっきり向けた。



「あー、そんな気もするねぇ。そこのぱん屋の左道、ずーっと行くと岬の先っちょへ出る道だよー」



 どこまでものどかにしゃべる母子にお礼を言って、アイーズはそちらへミハール駒の頭を向ける。



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