ヒヴァラ家族のことが明らかになるわ!?
父バンダイン老侯とその同僚ナーラッハ、縹色外套のファダン巡回騎士二人に伴われるアイーズとヒヴァラ。
四人は周辺の西町界隈を歩き、ヒヴァラの一家が離散した当時の事情を知る人を探したが、成果は上がらなかった。
古くから住んでいるという人びとも、ファートリ家についてはほとんど何も知らない、と言う。
文官騎士の一家が住んでいた、という事実をうっすらとしかおぼえていないらしい。
「ご近所づきあいを、あまりしないうちだったんかい?」
「たぶん……」
かく言うヒヴァラ本人も、ここで暮らした日々の記憶があいまいだ、と言った。
「学校のことは、よくおぼえてるんです。すごく楽しかったから……。でもうちのことは、いまいちって言うか」
「お父さんは、ヒヴァラにティルムン語を教えてくれてたんでしょう?」
いま一行は、ファダン市の中心につながる東西大路に向かって歩いていた。見上げて聞いたアイーズに、その脇を行くヒヴァラはうなづく。
「うん。教えるっていうか、よく物語本を読んでくれた。俺はそれが面白かったもんだから、自分でもちょいちょい読むようになって……。だから学校のティルムン語授業でも、わりと自然に入ってけたんだ」
ふんふん、とうなづくアイーズの前では、父がもしゃもしゃ首をかしげている。
「ヒヴァラ君。……そのう、お父さんやお母さんとは……どんなだったかね? けっこう厳しくされたんかい?」
いかつい巡回騎士なりに配慮をのせて、バンダイン老侯がたずねた。
「いいえ。……沙漠の家にいた大人たちにくらべたら、ぜんぜん厳しくなんかなかったです。叱られた思い出なんか、ない……けど」
「けど?」
ナーラッハが穏やかに促す。
「ほめられた思い出も、ないんです……。そもそも家で、あんまり話とかしなかったから」
そういえばそうだったね、とアイーズは思い出している。抜き打ち試験の結果ひとつでぎゃんぎゃん言われるアイーズを、ヒヴァラはうらやましいと言ったこともあったっけ。
ヒヴァラは記憶をたぐるようにして、西町での幼少期のことを低い声で語ってゆく。
身の回りの世話や基本のしつけを、両親はばあやと執事まかせにしていた。父親は常に夜おそく帰宅し、ティルムン語の物語を読んでくれたが、母親と兄とは食事をとる時くらいしか一緒ではなかったと言う。祖母は足腰が悪く、ヒヴァラがもの心ついたころから階下の一室でほぼ引きこもり状態だったらしい。
「……お母さんは、うちにいたのかい? それとも外で、何か仕事をしていた?」
ナーラッハの問いに、ヒヴァラは力なく首を振った。
「わかりません。母さんはたいてい、ひとりでした……。兄さんとあんまり仲が良くなくって、顔を突き合わせるとつんけん口げんかばっかりしてたから。修練校が終わって俺たちが家に帰るころには、自分の室にこもるか、どこかへ行ってるか、でした。いつも晩ごはんまで、母さんとは会わなかったんです」
アイーズは内心で首をかしげた。率先して子どもたちにからみ、しゃべりまくるアイーズの母とはかけ離れている(※本人はこれで家庭内調和を織りなしている、と思っている)。
――ってまあ、うちのお母さんをふつう基準としちゃいけないわよね! なんと言っても、世の中いろんな人がいるんだし……。
そう思いかけて、アイーズはふと気づく。
――でもそのお母さんが、ヒヴァラをマグ・イーレのおじさんに差し出して……ティルムンへ連れてゆかせたんじゃないの!!
「お兄さんと言うのは、六歳上だったっけ。そこまで年が離れているわけでもないけど、一緒に遊んだりはしなかったの?」
「ないです」
ナーラッハの問いに、ヒヴァラは間を置かず答えた。
「お母さんが、ちがうんです」