表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

168/241

大手貿易商でも話を聞いてみましょう

 テルポシエ東区、貿易業者の事務所が集まる≪ふじつぼ通り≫。


 はじめに行き当たった≪ひらまさ貿易≫に、アイーズはまず入ってみる。


 ここでもアイーズは同じ話を繰り返した。受付係に小口単発の翻訳仕事はないかとたずねてから、≪翻訳士ソルマーゴさん≫について話を向けたのである。


 しかし≪ひらまさ貿易≫は、三年前に経営不振で一度倒産していた。現在の経営者は屋号ごと居抜きで買い取っただけなので、昔の話はわからないと言われる。


 次に入ってみた≪テルポシエ興産≫では、確かに165年頃に翻訳数の番付表を作っていた。しかし個々の外注先までは把握していない、と事務員が頭を振る。



「どこに住んでた方? ファダンかぁ、そいじゃやり取りも配達だったはずでしょう。直接ここへ原稿届けてくれたような人なら、まだしも……。特にその頃は、ひと月十何人かに頼んでいたしね。悪いけど、とてもおぼえちゃいませんねぇ」



 ファダンの旧ファートリ邸、床下にあった書類には、確かにこの≪テルポシエ興産≫あてのものがあった。ファートリ老侯がかかわっていたのは間違いないが、その名と存在とは他大勢の中に埋もれてしまっているらしい。アイーズは食い下がる元気もなくしていた。



「それで、翻訳依頼だけど。定期通商船の出るひと月半前から、外注できる翻訳書類が出てくるんだ。今は船が出たばっかりだから全然ないけど、その頃にまた来れば仕事を回してあげられるよ」


「ええ、折を見てまた参ります。どうもご親切に、ありがとうございました」



 事務員にお礼を言って、アイーズは店の長台を離れる。


 ≪テルポシエ興産≫の地上階は広々としていて、玄関前に小さな卓子と腰かけが何組も置いてあった。そのうちいくつかは占領されている。次回の輸出入に関する商談をしている人々だ。



――船が出たばかりでも、こんなに商談をする人でにぎわっているくらいだもの。十年以上前に内職をしたヒヴァラのお父さんのことなんて、大量の人と物の流れに押し流されて、誰にもわからないわよね……。



 当初はこれらの貿易業者をあたれば、ヒヴァラを連れ去ったティルムン業者の手掛かり、あるいはファートリ老侯の詳しい足取りがつかめるのではないか、とアイーズは踏んでいた。予想は外れて、ヒヴァラの父の名前すら埋もれてしまっている。



――むしろ、港のそばの個人輸入むけ業者のところで聞いた話が、一番有力な情報だった。あの小さなお店に、ふらっと入ってみてよかったわ。



 商談客のいる一画を通り抜けて、≪テルポシエ興産≫の店を出ようとした時である。



「お嬢さん。落としたよ」



 振り向くと、中年男性がアイーズの毛織丸帽を差し出してきた。


 先ほど店内に入って取ったとき、小脇に挟んでいたのを知らぬ間に落としていたらしい。



「まあ、うっかりしてました。どうもありがとうございます」


「いいんだよ。……福ある日をね」



 上背のあるその中年男性は、アイーズのために入口扉まで開けて待ってくれた。いい人である。


 拾ってもらった帽子をかぶり直して、アイーズはさて……と思う。


 もう正午だ。いいかげん、東区北区の境目にあるあの小さな宿に戻って、機嫌最悪のヒヴァラに向き合わなければならない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ