港の窓口係員が、めちゃくちゃ感じ悪いわ!
一瞬、在所を間違えたのかとアイーズは思う。そこは港の事務所と言うより、金持ち貴族のお屋敷みたいな豪奢な内装の広間だった。
朝だというのに大量の燭台に火が入っていて、牛酪色の床敷瓦を明るく照らしている。しかし奥の壁側に仕切りがあって、長台に窓口がしつらえられているからには、やっぱりここは事務所なのだ。
ひと気はなくて、片隅の窓口で係員と話し込んでいる客が一人いるきり。
その隣の窓口に行って、アイーズは話しかけてみる。
「すみません。ティルムン定期通商船のことで、ちょっと折り入ってご相談があるのですけど」
アイーズと同年代の若い女性係員が、つまらなさそうな目つきでアイーズを見、後ろのヒヴァラを見た。乾いた早口で答える。
「折り返し船が出たばかりだから、次は金月の便になりますけど」
「予約じゃないんです。昔の乗船者記録を調べたいんですけど、どちらにお願いしたら見せてもらえますか?」
「はあぁ?」
女性係員は顔をしかめて、さも不快そうに言った。
「なんでそんなもの、見る必要があるんですか?」
小馬鹿にしたような言い方に、アイーズはむっとした。それこそ、何であなたに説明する必要があるのよと言い返してやりたくなったが、ぐっと抑える。ヒヴァラが後ろにいるのだから。
「……ちょっと込み入った、家庭の事情があるんです。あなたのお邪魔をして本当に申し訳ないのだけど、どうか教えてください」
女性係員をまともに見返したら眼光が飛ぶ、そう思ってアイーズは伏し目がちに頼み込んだ。
「……」
がたん、と女性係員は席を立った。少々お待ちくださいとも何とも言わず、ひっつめた明るい金のくくり髪をふるっと揺らして、長台うしろにある戸口から別室へと行ってしまった。
そこから、だいぶ待たされた気がする。隣の窓口で話し込んでいた客もとうとう行ってしまって、その相手をしていた年輩女性係員も戸口の向こうへ引っ込んだ。
――朝っぱらからあんなに不機嫌まる出しな窓口係って……どうなのかしら?? ああ、もしかして辛い期間なのかも。いやそれにしたって、見ず知らずのわたしに八つ当たりする権利ないわよ! おんなし女性として、共感できる部分もできなくなるわ。
「アイーズ……」
いたたまれなくなったのか、ヒヴァラがしょんぼりと声をかけてきた。
「ほったらかしにされちゃったんだろうか。俺たち」
「うーん……」
アイーズが答えよどんだ時、戸口の向こうから脂ぎったじいさんがぷりぷり出てきた。怒っているのではなくて、各所のおにくがぷりぷり震えているのである。先ほどの女性の上司だろうか。
「えーと、乗船者記録はねー。公官の管轄になりますんでぇ、上階の港湾巡回局に行って相談してください。そこの階段、上がってすぐです」
それだけのこと、さっさと教えてくれればいいのにと思いながらアイーズとヒヴァラは石段をのぼる。やはり明るい廊下、≪テルポシエ港湾巡回局≫と刻まれた金属板のかかる扉を叩くと、「どうぞー」とすぐに声が返った。
開けてみると大きな書斎風の室で、壮年のテルポシエ騎士二人が机についている。
書棚にも机にも書類が山積み、地震の心配はない土地だ。
「どうされましたー?」
窓側の机に座っていた騎士に促される。この辺の態度は、ファダンの巡回騎士らと全く変わらない。
小さい頃から父の職場へ届け物や伝言のために足繁く通っていたアイーズは、それで臆することなく来訪理由を話した。
「ティルムン定期通商船の乗船者記録ですか。なぜそちらが必要なのです?」
テルポシエ騎士は平らかに聞いてくる。同じ質問なのにだいぶ真摯である、さっきの窓口女性とはえらい違いだ。
「生き別れになったと言う、彼の父親を探しているのです。まったく行方知れずなのですが、ティルムンへ行ってしまった可能性があると考えまして」
机を挟み、騎士に向かい合って腰掛に座すアイーズは、隣のヒヴァラを手のひらで示しながら言った。ヒヴァラがそうっと、騎士にうなづく。
「ああ、なるほどね~! 子どもの頃にご両親が離縁されて、それ以来お父さんに会っていない、と……」
違っているようで実はほんとのヒヴァラの事情を話すアイーズに、巡回騎士は共感し始めたらしい。
「でも、なぜ今になってお父さんを探されているのですか?」
特に悪意も何もなさそうな自然な問いだったが、アイーズとヒヴァラはうぐっと答えにつまりかけた。
――ええと、ティルムンの監禁先から、ヒヴァラがようやく脱出できましたので……って、それ言っちゃだめだわッ。
静かに息をのんでいるヒヴァラの脇で、アイーズはぐっとお腹に力をこめた。演技どきッ!!
「わたし達、婚約してるんですが」
ヒヴァラのまわりの空気が、びきーっっと緊張したのがアイーズにわかる。




