テルポシエの港へ行ってみましょう!
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小さな嵐が行ってしまったすぐ後の、さわやかな晴れ日である。
アイーズとヒヴァラは、テルポシエ西区内の≪港通り≫をのしのしひょろひょろ、歩いていた。
『昨夜は、すてきにざんざん降りの中を散歩しました! 港に大きな建物があるのを見ましたよ。≪港湾組合事務所≫と扉の上に刻まれていましたから、たぶん港の一切合切を仕切っているところなんじゃないでしょうか?』
今日も機嫌の良いカハズ侯が、朝食の後にけろけろ二人に報告してきたのだ。
アイーズは首をひねる。ファダン港にも港湾管理局というのがあって、イリー諸国間を海路で結ぶ短距離定期船に乗る人々はそこで切符を買い、乗船予約をするのだ。それと同じことを、テルポシエ・ティルムン間の通商船でもやっているのだろうか。
「わたしは船に乗ったことがないし、あんまり勝手を知らないんだけど……。そこで乗船記録って見せてもらえるのかしらね?」
そこで出かける前、アイーズは受付台にいた女将ばあさんにたずねてみた。
「ティルムン通商船の予約はね、港と業者事務所の両方でやっていますよ。どちらも料金は同じなんだけど、室の向きやら細かく指定したいなら、業者事務所のほうがおすすめね。お二人は、蜜月旅行でティルムンへ行かれるんでしょう?」
これっぽっちの悪気もなく、おかみさんは早口テルポシエ調で言った。さすが年輩者、早とちりも倍速である。
「えーと、じゃなくってですね」
アイーズは苦笑まじりに訂正する。
「あら、人探しなの? ……それは聞いたことありませんね、できるもんなのかしら……。とりあえず港湾組合事務所へ行って、聞いてみたら。そこにはお巡りさんもいるはずだから、事情を話したら相談に乗ってくれるかもしれないわ」
と言うことで女将さんのすすめに従い、アイーズとヒヴァラはテルポシエ港へと行ってみることにする。目的はただ一つ、ヒヴァラの父ファートリ老侯の足取りを探るためだ。
宿のある東区と北区の境界から、テルポシエ城を左手にぐっと回り込んで行かなければ、港のある西区へは到達できない。そしてその西区と言うのが、他の区ほど治安のよろしいところではないから気をつけろ、と女将さんは二人に言っていた。
「西大路から、港へつながっている≪港通り≫は大丈夫です。けれど少し脇へそれるとがらの悪い界隈だし、いかがわしいお店も集まってますからね……。あなた方みたいな、かわいい人たちが行くとこじゃありませんよ。いいですね、≪港通り≫から外れちゃだめよ」
老婆心全開で女将さんは忠告してきた。二人のことを客と言うより、すでに孫扱いである。
――確かにこの辺りは、花鉢の数もぐっと少ないし商家もごみごみして、微妙にすさんだ感じがするわ。ここに住んでいるのは、いわゆる低所得層の人々なのかしら……。テルポシエにもあるのね、こういう箇所が。
アイーズは周囲に油断なく目を走らせながら、そう思う。と言ってもファダンの下町、貧民街とほど近いところに生まれ育ったアイーズには、あまり警戒心を誘う風景ではないのだが。こういう場所が本当に危なくなるのは、夕方以降。商家がひらいて間もない朝の今頃は、裏社会で活動している諸君も酔っ払いも、ほぼ休眠中の時間帯だ。
たどり着いた港は、ファダン港とはまったく異なる様相である。
大きくひらけた波止場には無数の小型船がたゆたっているが、その中央部分だけがぽっかりと空いていた。
「おお、すんごい広いな。……でも水軍はどこ行ったの?」
かくッ、ヒヴァラの言葉にアイーズは小首をかしげる。
「ヒヴァラ。水軍もってるのは、ファダンだけでしょうが」
「あ~、そっかぁ」
やぎ顔が照れかくしに笑った。




